コラム

グラフでわかる、当面「円高」が避けられないただ1つの理由

2016年02月16日(火)15時35分

 この傾向に変化をもたらしたのが、日銀による量的緩和策である(実際にはこれを見越して円安が始まっていた)。量的緩和策は、日銀が国債を大量に買い取ることによって市場にインフレ期待を醸成させる政策である。先ほどの、一物一価の原則に照らすと、日本がインフレ政策に転換したのであれば、当然、物価は上昇し、これに伴って為替も円安に振れる可能性が高くなってくる。市場ではこうした動きを先取りする形で円安が進んできたわけだが、ここに来て日本のインフレ期待は急速に萎んできている。

「1ドル=100円」まで下がっても不思議ではない

 12月の消費者物価指数は、代表的な指数である「生鮮食品を除く総合」が前年同月比プラス0.1%とほぼ横ばいの状況だった。エネルギー価格を除いた指標はプラス0.8%と値上がりしているが、原油価格の低迷が長期化するのはほぼ確実である。短期的に物価が上昇する要因はほぼなくなったとみてよいだろう。

【参考記事】「エンゲル係数急上昇!」が示す日本経済の意外な弱点

 こうした状況に加え、これまで円安を見越して積み上がった投資ポジションの巻き戻しが発生したことで、今回の急激な円高につながった可能性が高い。信用取引の場合、手仕舞いをする際には、当初とは反対の売買を実施する必要がある。つまり円安を見越して円を売った場合には、逆に円を買い戻す形でポジションを手仕舞いする。もし想定したほど円安が進んでいない場合、投資家は損をしてしまうので、皆が慌ててポジションの解消に走ることになる。このため際限なく円高への巻き戻しが発生してしまうのだ。

 今回の円高が最終的にどの程度の水準で落ち着くのかについては、一連のポジションがすべて解消されるまで、何ともいえないだろう。ただ、先ほどのチャートからも分かるように、購買力平価を元にした為替レートは現在1ドル=100円程度となっており、ここまで下がることがあっても何ら不思議はない。

 今後、日銀がどのような政策を打ち出してくるのかは現時点では分からないが、仮に量的緩和策を事実上、打ち止めにすることがあっても、発行してしまった通貨はすでに200兆円以上も積み上がっている。日本経済に潜在的なインフレ圧力が存在しているという状況に変わりはない。

 また、いくら円高になったとはいえ、1ドル=80円だった時代と比べれば圧倒的に円の価値は安い。輸入物価が多少下がったところで、国内の物価が劇的に下がる可能性は低いと考えた方がよいだろう。

 もっとも15日に発表された10~12月期のGDPは、大方の予想通り年率換算で1.4%のマイナス成長となった。国内の消費は弱く、事業者が今後も相次いで値上げを敢行できる状況にはない。しばらくの間、物価の低迷が続くことは確実である。

 同じ名目金利ならインフレ期待が小さい方が(物価が下がる方が)、実質的な金利は高くなり、その国の通貨は買われやすくなる。だが日本は名目金利がすでにマイナスの状態にあり、よほどデフレ期待が大きくない限り、これ以上、円を買い進めるのはリスクが大きいはずである。当面は、購買力平価によるドル円ラインが意識される展開となるだろう。

プロフィール

加谷珪一

経済評論家。東北大学工学部卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当する。独立後は、中央省庁や政府系金融機関などに対するコンサルティング業務に従事。現在は金融、経済、ビジネス、ITなどの分野で執筆活動を行う。億単位の資産を運用する個人投資家でもある。
『お金持ちの教科書』 『大金持ちの教科書』(いずれもCCCメディアハウス)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)など著書多数。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

イスラエル、ハマスが人質リスト公開するまで停戦開始

ワールド

韓国尹大統領に逮捕状発付、現職初 支持者らが裁判所

ワールド

アングル:もう賄賂は払わない、アサド政権崩壊で夢と

ワールド

アングル:政治的権利に目覚めるアフリカの若者、デジ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 4
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明…
  • 5
    女性クリエイター「1日に100人と寝る」チャレンジが…
  • 6
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 7
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
  • 8
    フランス、ドイツ、韓国、イギリス......世界の政治…
  • 9
    本当に残念...『イカゲーム』シーズン2に「出てこな…
  • 10
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 5
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story