コラム

脱成長?「生活大国デンマーク」への日本人の片思い

2024年05月28日(火)15時40分
デンマーク

デンマークの「豊かな生活」に憧れる日本人は多いが KRISTOF Z. MARKOVICSーREUTERS

<賃金は高いが、国民はその半分を税金として差し出し、高レベルの社会福祉を賄う>

この頃、デンマークが静かなブームになっている。日本は人口減で騒いでいるが、わずか600万弱の人口小国デンマークが、「成長」をむやみに追い求めることなく、1人当たりGDPで世界9位(日本は34位)という豊かな生活を送っているように見えるからだろう。

週37時間程度の勤務時間で、夏季休暇はぶっ続けで3週間、普通の人でも5LDKくらいの広々とした家に住み、介護付き(ただし軽度のもの)老人ホームは市営でも1人で70平米ほどの1LDK......。

しかしこの世界、うまい話はそうそう転がっていない。デンマークは安全保障の意識が高く、徴兵制を維持している。2000年代のアフガニスタン戦争ではNATOの一員として軍を派遣し、多数の戦死者を出している。


「あくせくと成長を求めない」ということはなく、グローバル企業をいくつか持ち、EU諸国の資金も引き付けて、経済を回している。世界一の海運企業マースク、風力発電機のべスタス、ノボノルディスクやノボザイムズなどの薬品・酵素製造大手、飲料のカールスバーグ、児童玩具のレゴは日本でも知られている。

驚くのは、デンマークは法人税が22%と低めであること。日本などでは、「もっと企業からむしり取って社会保障を充実させろ」ということになりやすいが、デンマークではそうなっていない。高水準の社会保障は、25%に上る付加価値税、そして所得の半分に及ぶ個人所得税(地方税、医療税を含める)で支えられている。

日本の人口はデンマークの20倍

つまり、企業はかなり高めの賃金を払うが(1人当たりの平均所得は税込みで月85万円弱)、法人税は低め、そして企業は年金等の社会保障費をほとんど負担しない。国民はその高めの賃金の半分を税金として差し出し、それで社会保障を賄う。デンマーク政府の歳入の53%が個人所得税、20%が付加価値税だ。公営の老人ホームは安価だが、貯金を持っている者は料金が割高になる。そこをごまかそうとしても、デンマークでは1970年代から個人ナンバー制度が整備され、所得はしっかり把握されているから、逃げようがない。

失業保険は最長3年間も支払われ、職業転換のための教育・研修は充実している。このため、企業はリストラを安心して行うことができ、EU諸国をはじめ外国企業もデンマークに進んで投資する。この国の社員、従業員の資質、勤労意欲は高いのだ。

プロフィール

河東哲夫

(かわとう・あきお)外交アナリスト。
外交官としてロシア公使、ウズベキスタン大使などを歴任。メールマガジン『文明の万華鏡』を主宰。著書に『米・中・ロシア 虚像に怯えるな』(草思社)など。最新刊は『日本がウクライナになる日』(CCCメディアハウス)  <筆者の過去記事一覧はこちら

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story