コラム

少子化はこの世の終わりなのか?

2023年02月21日(火)16時30分

岸田首相は「異次元の少子化対策」を進めるとぶち上げたが YUICHI YAMAZAKI/GETTY IMAGES

<人口が少なくても高い生活水準を維持している例はいくつもある>

岸田文雄首相が少子化対策に力こぶを見せている。地域エコノミストの藻谷浩介氏が2010年、著書『デフレの正体』で、労働力人口の減少が日本経済不振の根本的原因だと指摘して以来、少子化への諦めが日本社会に染み付いてしまった。実際には高齢者と女性の就労増加で、日本の就労者数は底だった2012年以来7.3%増えたし、実質GDPも5.3%増加しているのだが。

「人口増=善」という考え方は、近代の産業革命以降のものだ。それまでの、GDPがほとんど伸びない農業社会では、英経済学者のトマス・ロバート・マルサスが言ったように、人口が増えすぎればみんな貧しくなるから、「間引き」もまれではなかった。中世の西欧は14世紀中頃、人口の約3分の1をペストで失う大悲劇に見舞われている。それで経済は一時停滞したが、労働力の減少は賃金の上昇、次いで消費の増加と15世紀以降の経済活性化を招いている。

「人は消費者だ。人が多い国では市場が大きく、国力も大きくなる」ということに気が付いたのは、17世紀のイギリスだ。この国で産業革命が真っ先に成立したのは、人口ではるかにオランダに勝り、フランスのように国内市場を貴族に分断されていなかったからだと言われる。

このことは、(輸出競争力を脅かさない範囲で)賃上げをすれば、人口が減ったからといって経済が必ず縮小するものでもない、と教えてくれる。人口が少なくても高い生活水準を享受している例は、北欧やベネルクス3国にある。これらの国では人口が少ないからといって、通勤電車の経営が成り立たなくなっているわけでもない。

旧世代の政治家には手に負えない

しかし、日本は大人口の国。日本より大きな領土に1000万しか人口がいないスウェーデンに一足飛びになれるわけではない。今の日本の課題は、少子化をできるだけ食い止め、微減していくであろう労働人口でどうやって社会保障システムと経済を回していくか、ということになる。

現役層の人口が減ると、年金・健康保険のシステムを維持できなくなると言われる。確かに国民年金では、現役人口が小さいと、引退者の年金を負担するのはきつくなる。一方企業を通じて払い込む厚生年金は、基本的には自分の将来の年金を自分が現役のうちに払い込んでおくシステムになっているので、人口構成が逆ピラミッド型になってもやっていける。健康保険は、現在高齢者の負担分が引き上げられている。

プロフィール

河東哲夫

(かわとう・あきお)外交アナリスト。
外交官としてロシア公使、ウズベキスタン大使などを歴任。メールマガジン『文明の万華鏡』を主宰。著書に『米・中・ロシア 虚像に怯えるな』(草思社)など。最新刊は『日本がウクライナになる日』(CCCメディアハウス)  <筆者の過去記事一覧はこちら

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:カナダ総選挙が接戦の構図に一変、トランプ

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story