コラム

自称「大国ロシア」の没落が変える地政学──中国の見限りと寝返りが与える影響

2022年10月21日(金)16時37分

「中ロ同盟は永遠」ではない

ロシアの地位が沈む一方であることは、世界情勢にどういう影響を与えるだろう。わがロシアの友人には悪いが、その答えは「さほど影響はないだろう」となる。ソ連崩壊以来、ロシアの存在は「マージナル(限定的)」なのだ。

経済力がないし、自由・民主主義といった明るい価値観も持っていないから、世界を前向きに変えることがない。

ロシアがやっているのは、アメリカがやろうとしていることを邪魔しては自分の存在をアピールし、その邪魔をやめることで世界から感謝を受けるという、手品まがいのいかさま外交だ。

国連の安全保障理事会の常任理事で拒否権まで持っているから、邪魔できることは多い。そしてロシアと国境を接する国は非常に多いので、介入できる事案も多い。

08年のジョージア侵攻、14年のクリミア併合、15年のシリア介入──プーチンの頭の中ではいずれも「アメリカが仕掛けてきたから反撃」したものだ──など、プーチンのロシアは「ロシアは大国」イメージを世界に刷り込んだ。

米欧の反プーチンの大合唱が、彼を実物以上の怪物にしてみせる。しかしその実体は、相手が押してきて初めて技を繰り出せる、「弱者の柔道」なのだ。

プーチンは、NATO諸国や日本のほうを向いてよく言う。

「アメリカに言われたことを断れない国には主権がない。自分で自分のことを決められない国は相手にできない」と。

しかし彼には大事なことが見えていない。ドイツや日本はアメリカがその巨大な市場を提供し、安全を保障してくれるからアメリカの要請を聞き入れる。プーチンはアメリカが同盟国を力で脅しているのだと思い込んでいるが、それは自分が旧ソ連諸国にそのように接してきたからだろう。

ロシアは旧ソ連諸国にとっては出稼ぎの場、そして割引価格での石油を提供できるが、西側は資本と技術──つまり将来への発展の芽──を提供できる。そして、アフリカや東南アジアの国々にロシアが石油を提供しようとしても、ろくなタンカーがない。

今、ロシアが提供できるのは、ワグネルなどの民間軍事会社が提供する傭兵くらいのものだが、これも扱いが難しい。中央アフリカ共和国には、ワグネルが1000人ほどの要員を送り込んでいるが、彼らは現地の金、ウラン、ダイヤ資源に目を付け、何をするか分からない。

だから、これからのロシアは、外部に向かって何かをやって問題を起こすよりも、自身が分裂、あるいは侵略を受けて問題を起こす存在になっていくのかもしれない。ロシアのカフカス地方は独立機運を抱えているし、イスラムテロ勢力はロシアを標的にし得る。ロシアのイスラム人口(大多数は穏健な信者だ)は推定で1000万人を超える。

プロフィール

河東哲夫

(かわとう・あきお)外交アナリスト。
外交官としてロシア公使、ウズベキスタン大使などを歴任。メールマガジン『文明の万華鏡』を主宰。著書に『米・中・ロシア 虚像に怯えるな』(草思社)など。最新刊は『日本がウクライナになる日』(CCCメディアハウス)  <筆者の過去記事一覧はこちら

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏とゼレンスキー氏が「非常に生産的な」協議

ワールド

ローマ教皇の葬儀、20万人が最後の別れ トランプ氏

ビジネス

豊田織機が非上場化を検討、トヨタやグループ企業が出

ビジネス

日産、武漢工場の生産25年度中にも終了 中国事業の
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 7
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 8
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 9
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 6
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story