コラム

森友スキャンダルを元官僚が「霞が関」視点で読み解く

2018年03月22日(木)18時00分

むしろ問題は、誇り高いはずの官僚が政権の立場をここまで忖度せざるを得ない状況に追い込まれたのはなぜなのか、ということになる。そこで少し歴史を振り返ってみよう。

第二次大戦後の日本で、政治家が権力闘争と利益誘導に明け暮れていた時代、アメリカというお釈迦様の手のひらの上ではあるが、官僚こそが日本を実質的に支配していた。「日本の官僚は世界一優秀」とおだてられ、自ら信じ、人事は自分たちだけで決める、政治家が私利で不当なことを要求してきても拒否する――これが筆者を含め官僚経験者の誇りだった。

「政高官低」の果てに

しかし90年代に日本を取り巻く状況は変わる。バブル崩壊と前後していくつものスキャンダルで官僚の権威は失墜。一方、冷戦が終了し急激に変化する世界で、日本は自主的判断を迫られた。首相の権限を強化して、機敏な決定ができるようにしなければならなかったのである。

00年代に入ると、小泉純一郎首相は郵政民営化など自分の政策に抵抗する官僚を更迭。その後の民主党政権は「政高官低」の掛け声の下に、自民党政権に仕えた官僚を抑えにかかった。

そして14年、安倍政権は内閣人事局を設け、各省審議官級以上の幹部600人を直接任免することとした。これによって、首相は各省を実質的に直接指揮する力を得た。抵抗する幹部は更迭するか、人事で脅せばいい。安倍政権はその力で財務省を抑え込みアベノミクスを続けてきたし、外務省を抑え込んで前のめりの対ロ交渉をしてきた。

これは首相や官房長官、総理秘書官が代わればよくなるという問題ではない。今の制度を修繕しなければ、個人が私益追求のため、学者が自分の経済理論を実験するため、首相の権力に悪乗りすることは続くだろう。

そうなってはならないのだ。首相を頭に機敏で果断な政策決定ができるのはいいことだが、悪用を抑止する体制もつくっておかねばならない。権力者のしがらみを忖度せずとも官僚が職務を遂行できるように、地方財務局の実直な専門職職員が思い詰めて自殺することがないように、制度を作り替えることが必要だ。それが事件の再発を防ぐ上でも有効だろう。

そのためには企業にとっての監査法人のように、政府を外から見張る新たな機関を設けられないだろうか。ただ、長年にわたって公平な立場から政府全体を監査できるような人間はいないだろう。そんな非現実的な案よりも、既存の人事院や検察の独立性のさらなる強化でもいい。

政権による恣意的な官僚人事は、当事者であるかどうかを問わず現場が人事院に通報し、人事院は調査の上、警告を内閣人事局に発する。一方、検察人事は政治から完全に切り離すことで、利権絡みの案件捜査を容易にするのだ。

プロフィール

河東哲夫

(かわとう・あきお)外交アナリスト。
外交官としてロシア公使、ウズベキスタン大使などを歴任。メールマガジン『文明の万華鏡』を主宰。著書に『米・中・ロシア 虚像に怯えるな』(草思社)など。最新刊は『日本がウクライナになる日』(CCCメディアハウス)  <筆者の過去記事一覧はこちら

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