コラム

エジプトのモスク襲撃テロの背景にある「スンニ派同士」の対立

2017年11月30日(木)19時37分

シナイ半島でのモスク襲撃テロから3日後の11月27日に首都カイロで行われた追悼集会 Mohamed Abd El Ghany-REUTERS

<300人超が死亡したシナイ半島の事件は、エジプトでモスクを標的とした初めてのテロだった。「サラフィー対スーフィー」という社会の亀裂が背景にあるが、暴力の連鎖につながってしまう可能性はあるのか>

エジプトのシナイ半島で11月24日に起きたモスク(イスラム教礼拝所)襲撃事件は、300人以上という死者の多さだけでなく、この国でモスクを標的とした初めてのテロという重大性を持つ。

犯行声明は出ていないが、武装集団はイスラムの黒い旗を持っていたという現場の情報がある。黒い布に「アッラーのほかに神はない」というコーランの文字を白で抜いたもの。「イスラム国」(IS)の旗と報じられているが、IS出現以前からアルカイダ系組織でも使われており、イスラムの厳格な実施を追及する「サラフィー主義者」の一部にいる、厳格なイスラムの実現のために「ジハード(聖戦)」に訴える「サラフィー・ジハーディ(戦闘的サラフィー主義者)」が掲げている旗である。

モスク襲撃の翌日、エジプトの独立系新聞「シュルーク」は1面で「エジプト史上、最悪のテロ、"イラク方式"による虐殺」と見出しを付けた。イスラム過激派によるモスクへのテロは、イラクやサウジアラビアなどでISによるシーア派モスクへのテロがある。ISはシーア派を「イスラムからの逸脱」と断罪し、「ジハード」の対象とする。

しかし、エジプトはスンニ派だけの国で、今回標的となったのは「スーフィー」と呼ばれる神秘主義者が集まるモスクとされるが、それもスンニ派である。これまでエジプトではキリスト教コプト派の教会がテロの標的になることはあったが、モスクへのテロはなかった。

モスクはイスラムの義務である礼拝を行う場所であり、「神の家」とも呼ばれる神聖な場所である。武装集団はスーフィー主義を「反イスラム」と断罪する過激な宗教見解を実行したことになり、今後、同様のテロが続く可能性を示している。

スーフィーは清貧な生活をして修行し、「神との合一」を目指す。回転して踊ったり、同じ祈りの言葉を繰り返したりする修行で知られる。スーフィー主義はエジプトでは人々の間に広まり、各地に「ターリカ」と呼ばれる教団がある。人口の15%から20%がスーフィー主義を信奉しているという推計もある。

今回、武装集団に襲撃されたシナイ半島北部の町ビル・アルアブドの「ラウダ・モスク」は、スーフィー主義者が集まる場所として有名だった。2016年11月には同地のIS系組織「ISシナイ州」が、このモスクを拠点に活動していた97歳の宗教指導者を誘拐して、「背教者」として斬首処刑する映像を公開した。

処刑の後、IS系の英語インターネットマガジン「ルミヤ」の2016年12月号に、ISシナイ州の「イスラム法執行部門」の長のインタビューが出ている。それにはシナイ半島がスーフィー教団の拠点になっているとして名前が挙がっている。スーフィー主義を「イスラムからの逸脱」であると断罪し、さらにラウダ・モスクに集まるスーフィー教団について「エジプトの無法な政府機関と強い関係を持っている」と非難。「ISが征服したら、根絶する」と語っている。

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 10
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story