コラム

米国がイスラエルの右翼と一体化する日

2016年11月19日(土)06時50分

「中東和平」「中東民主化」に失敗してきた米国

 米国とイスラエルの関係は、オバマの8年、特に1期目の4年間は米国の歴史で最悪と言われた。中東和平の進展を公約に掲げたオバマ大統領就任から2カ月後に、和平強硬派のネタニヤフ首相が登場した。オバマ大統領は当初は中東和平進展の障害になっていたユダヤ人入植地を認めないとし、首脳会談のたびに不協和音が生じていた。結果的に、オバマ大統領はいつの間にか入植を容認し、中東和平は全く進まなかった。

「中東和平」は息子ブッシュ政権も最重要課題とし、国連総会演説で「パレスチナ国家の樹立」を呼びかけた最初の米国大統領となった。同政権はイラク戦争後に「中東民主化」を掲げ、2005年にはエジプトでムスリム同胞団が選挙に参加し躍進する契機をつくった。2006年にはイスラエルの意向に反して、ハマスがパレスチナ自治評議会選挙に参加することを支持し、選挙でのハマスの勝利に道を開いた。

 しかし、ハマス勝利という予想外の結果を受けて、米国はハマス政権の承認を拒否したことで、「中東民主化」は破綻してしまった。重要なのは強硬なブッシュ政権でさえ、イスラエルの右派勢力と抗しながら「中東和平」や「中東民主化」を掲げたということである。

 ブッシュ政権が「中東民主化」構想を掲げたのは、中東の独裁国家が政治的反対勢力を「テロ組織」として弾圧し、中東から反対派が排除され、圧殺された結果、9・11米同時多発テロという米国を標的とする大規模テロが起こったという教訓によるものであると私は考えている。民主化を否定して民衆の不満を弾圧すれば、過激派が動き始めるのは当然のことである。

トランプ次期政権で予想される中東の危機

 しかし、トランプ氏が大統領になって、中東の「和平」や「民主化」に動くとは考えにくい。中東和平に動くとすれば「パレスチナ国家」でイスラエルに譲歩を迫らねばならないし、中東民主化ではエジプトのシーシ政権に圧力をかけるしかない。

 逆に、トランプ氏が、これまで米国政府が拒否してきたエルサレムへの米大使館の移転を公約するまでに、ユダヤロビーに取り込まれているとすれば、トランプ次期政権は米国独自の中東戦略を放棄し、イスラエルと一体化するような政権になるとしか思えない。

 トランプ氏勝利にイスラエルの右翼勢力は歓迎の意を示している。トランプ氏の人種差別的な主張は、イスラエル国内で、アラブ系市民を排除しようとするネタニヤフ現政権の与党リクードと連立を組む右翼政党と通じるものだ。

【参考記事】イスラエルに史上最も右寄りの政権誕生

 これまで米国の民主党であれ、共和党であれ、イスラエル支持は変わらないが、両党とも主流派は「パレスチナ国家」の樹立を支持し、それを否定するイスラエルの右翼政党とは距離をとってきた。トランプ次期政権は初めてイスラエルの右翼と協調する米政権になるかもしれない。

「米国の行く先」は見えないが、米国の中東戦略がイスラエルの右翼政党と一体化することにはなるまい、と思う。またはそうならないよう願うしかない。そうなった時の最大の懸念は、米国が中東の危機回避や危機収拾の役割を果たせなくなることだけではなく、米国が中東の政治的な危機を生み出す火付け役にさえなりかねず、新たな中東の危機が起これば、米国に火の粉がかかるだけでなく、米国が火だるまになるかもしれないということである。

【参考記事】シリア内戦で民間人を殺している「空爆」の非人道性

 予想される中東の危機は、新たなパレスチナ紛争の発生や、エジプトや湾岸地域での若者の反乱の再燃、シリア・イラク以外でのISの拡散などであろう。米国にかつての影響力はないとはいえ、「中東和平」や「中東民主化」でアラブ諸国やイスラエルに働きかけることを放棄すれば、中東の混乱は歯止めがなくなる。米国自身がイスラエルの右翼と一体化して、和平や民主化を封じ込める方向に動けば、その反動は米国に戻ってくる。

 トランプ支持で割れた共和党も、その危険性は十分認識しているはずだ。今後、次期政権づくりで、トランプ氏をどこまで米国の従来の中東戦略に引き戻すことができるかが問われることになろう。

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

訂正-米テキサス州のはしか感染20%増、さらに拡大

ワールド

米民主上院議員、トランプ氏に中国との通商関係など見

ワールド

対ウクライナ支援倍増へ、ロシア追加制裁も 欧州同盟

ワールド

ルペン氏に有罪判決、次期大統領選への出馬困難に 仏
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 2
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者が警鐘【最新研究】
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 5
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 6
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 7
    3500年前の粘土板の「くさび形文字」を解読...「意外…
  • 8
    メーガン妃のパスタ料理が賛否両論...「イタリアのお…
  • 9
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2…
  • 10
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 1
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 2
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 3
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 4
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取…
  • 5
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】アメリカを貿易赤字にしている国...1位は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story