コラム

ダッカ事件「私は日本人だ」の訴えを無にするな

2016年07月07日(木)11時36分

 現代において、イスラム教徒がコーランの教えを文字通り実行するわけではないのは、キリスト教徒が聖書の規定通りに行動しないのと同じである。ただし、ISやアルカイダは、イスラムの教えを文字通り、厳格に実施し、過激に戦闘的に行動することに特徴がある。テロに関わった者たちを犯罪として捜査、摘発し、裁くことは社会の安全を守るためには重要である。しかし、テロの不当性を説くことで、若者がイスラムを掲げる過激思想に入らないようにする社会的な対応が必要となる。

 今回、イスラム過激派がダッカでの高級住宅地にあるレストランを襲撃したことは、国民一人当たりの名目GDPが13万円前後で、国民の3割が貧困層という国で、イスラムが社会悪と考える「富の寡占」と「貧困の蔓延」への敵意を読み取ることができる。コーランでは富は神の所有とし、「富裕者の間だけにわたらないように」として、「孤児、貧者」に対しても与えるように記されている。

【参考記事】バングラデシュ唯一のLGBT誌エディター、なたで殺害

 今回の事件について「日本人が標的にされた」ととらえるのではなく、バングラデシュの貧困をなくすために支援に来ていた善意の日本人が犠牲になったことで、過激な行動の不当性を、日本の立場から訴える必要がある。それによって、若者たちがISに参入し、テロに向かうことを押しとどめることができるはずだ。

 今回のダッカ事件ではISが犯行声明を出し、その影響力の広がりを示した。しかし私は、ISが直接指令し、現地の若者と連絡をとりあってテロを実施した可能性は極めて低いと見ている。声明文にはニュースで流れている以上の事実はないからである。「22人を殺害した」としながらも、イタリア人にしか触れていないのは、単に日本人の死者の確認が遅れてニュースに出なかったため、声明に入らなかったと考えるべきだろう。事件発生から治安部隊が突入するまでに10時間以上あり、実行犯らがISと何らかの連絡をとっているなら、人質に日本人がいることは伝わったはずであり、ISもそれを隠す理由はないからである。

 しかし、実行犯の若者たちがISに影響されていたことは疑いない。親日的なバングラデシュで一部の若者たちの間に、ISに影響され、日本人を冷血に殺害する事件が起きたことが重大である。日本として対応すべき問題は、日本人が殺されたことの不当性を、日本が戦後、実践してきた平和主義とともに主張することであろう。バングラデシュの支援事業のために来ている日本人がイスラム過激派のテロの犠牲になったことについて、現地の若者や宗教者に訴えるような試みを行うべきではないだろうか。それが「私は日本人だ」と訴えた犠牲者の思いを受け継ぐことになるはずだ。

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イスラエルがガザ空爆、48時間で120人殺害 パレ

ワールド

大統領への「殺し屋雇った」、フィリピン副大統領発言

ワールド

米農務長官にロリンズ氏、保守系シンクタンク所長

ワールド

COP29、年3000億ドルの途上国支援で合意 不
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 2
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 3
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたまま飛行機が離陸体勢に...窓から女性が撮影した映像にネット震撼
  • 4
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 5
    「ダイエット成功」3つの戦略...「食事内容」ではな…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    ロシア西部「弾薬庫」への攻撃で起きたのは、戦争が…
  • 8
    「何も見えない」...大雨の日に飛行機を着陸させる「…
  • 9
    クルスク州のロシア軍司令部をウクライナがミサイル…
  • 10
    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 5
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 8
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大き…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 7
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 8
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 9
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 10
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story