コラム

「ディオール疑惑」尹大統領夫人の聴取と、韓国検察の暗闘

2024年08月06日(火)08時00分
韓国

検察に聴取された尹錫悦大統領夫人の金建希(左) JONATHAN ERNST-POOL-REUTERS

<金建希・韓国大統領夫人が韓国検察に事情聴取された。検察トップ出身で、検察を自らの政治的基盤としてきたはずの尹錫悦が子飼いの検察官に「噛み付かれた」のは、韓国政治の地殻変動と無縁ではない>

韓国のソウル中央地検は7月21日、前日の20 日に尹錫悦大統領の夫人である金建希への対面調査を実施した、と明らかにした。容疑は2つ。1つは2010年から12年にかけて、自動車輸入会社が行った株価操作疑惑に関与して資金を提供し、不正に利益を得たのではないか、というものだ。もう1つは、尹大統領就任後の22年9月、北朝鮮とも近い関係にある外国人牧師から高級バッグを受け取った疑惑をめぐるものである。

大統領夫人のこれらの行為が、真に法に触れるものであるか否かは、今後の捜査を見守りたい。それよりもここで取り上げたいのは、調査を担当する検察の混乱である。

今回の対面調査に対し、李沅䄷検察総長はそれが検察側の施設ではなく、大統領府側の施設で行われたことを取り上げ、「原則が守られなかった」として、ソウル中央地検を批判した。対して李昌洙ソウル地検長は「捜査中の検事を監察することはできない」と反発し、大統領室もまた「検察総長が政治をしようとしている」と、ソウル地検長を援護した。

元検察総長の経歴を持つ尹の政権は、発足当時から人脈の多くを検察出身者に依存してきた。そしてそれは、大統領就任以前に政治的経歴を持たなかった尹にとって、検察が最大の政治基盤であることを意味している。国民を前に対立する検察総長とソウル地検長も、それぞれ大統領の意向を受けて任用された人物だと言われている。

しかし、彼らは今、国民を前に内部分裂を繰り広げている。大統領夫人をめぐっては、7月23日に与党「国民の力」トップに再度選出された韓東勲と大統領夫人の対立もささやかれている。尹により法相に抜擢された韓は、現政権における検察出身者の代表格であり、次期大統領選挙の与党最有力候補であると見なされてきた。

一方で、国会議員選挙の際に与党トップであった韓は、与党不振の原因の1つとして大統領夫人を批判し、大統領との関係を大きく悪化させたと言われている。現大統領の尹と次期有力候補の韓という2人の検察出身の有力者の対立の中で、検察もまた分裂を始めているように見える。

プロフィール

木村幹

1966年大阪府生まれ。神戸大学大学院国際協力研究科教授。また、NPO法人汎太平洋フォーラム理事長。専門は比較政治学、朝鮮半島地域研究。最新刊に『韓国愛憎-激変する隣国と私の30年』。他に『歴史認識はどう語られてきたか』、『平成時代の日韓関係』(共著)、『日韓歴史認識問題とは何か』(読売・吉野作造賞)、『韓国における「権威主義的」体制の成立』(サントリー学芸賞)、『朝鮮/韓国ナショナリズムと「小国」意識』(アジア・太平洋賞)、『高宗・閔妃』など。


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

EU経済再生、大規模な投資と改革必要=ドラギ氏報告

ワールド

退役米軍高官10人、ハリス氏への支持表明 「トラン

ワールド

ロシア、サウジ皇太子を招待 10月のBRICS首脳

ワールド

ドイツ、全ての陸上国境管理 不法移民に対応 16日
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ニュースが分かる ユダヤ超入門
特集:ニュースが分かる ユダヤ超入門
2024年9月17日/2024年9月24日号(9/10発売)

ユダヤ人とは何なのか? なぜ世界に離散したのか? 優秀な人材を輩出した理由は? ユダヤを知れば世界が分かる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ロシア国内の「黒海艦隊」基地を、ウクライナ「水上ドローン」が襲撃...攻撃の様子捉えた動画が拡散
  • 2
    「まるで別人」「ボンドの面影ゼロ」ダニエル・クレイグの新髪型が賛否両論...イメチェンの理由は?
  • 3
    メーガン妃が自身の国際的影響力について語る...「単にイヤリングをつけるだけ」
  • 4
    ウクライナ水上ドローンが、ヘリからの機銃掃射を「…
  • 5
    歯にダメージを与える4つの「間違った歯磨き」とは?…
  • 6
    「令和の米騒動」その真相...「不作のほうが売上高が…
  • 7
    強烈な炎を吐くウクライナ「新型ドローン兵器」、ロ…
  • 8
    国立西洋美術館『モネ 睡蓮のとき』 鑑賞チケット5組…
  • 9
    森に潜んだロシア部隊を発見、HIMARS精密攻撃で大爆…
  • 10
    「1日15分の運動」で健康状態が大きく改善する可能性…
  • 1
    「まるで別人」「ボンドの面影ゼロ」ダニエル・クレイグの新髪型が賛否両論...イメチェンの理由は?
  • 2
    森ごと焼き尽くす...ウクライナの「火炎放射ドローン」がロシア陣地を襲う衝撃シーン
  • 3
    国立西洋美術館『モネ 睡蓮のとき』 鑑賞チケット5組10名様プレゼント
  • 4
    【現地観戦】「中国代表は警察に通報すべき」「10元…
  • 5
    エルサレムで発見された2700年前の「守護精霊印章」.…
  • 6
    「令和の米騒動」その真相...「不作のほうが売上高が…
  • 7
    中国の製造業に「衰退の兆し」日本が辿った道との3つ…
  • 8
    世界最低レベルの出生率に悩む韓国...フィリピンから…
  • 9
    「私ならその車を売る」「燃やすなら今」修理から戻…
  • 10
    エリート会社員が1600万で買ったマレーシアのマンシ…
  • 1
    ウクライナの越境攻撃で大混乱か...クルスク州でロシア軍が誤って「味方に爆撃」した決定的瞬間
  • 2
    寿命が延びる「簡単な秘訣」を研究者が明かす【最新研究】
  • 3
    エリート会社員が1600万で買ったマレーシアのマンションは、10年後どうなった?「海外不動産」投資のリアル事情
  • 4
    電子レンジは「バクテリアの温床」...どう掃除すれば…
  • 5
    ハッチから侵入...ウクライナのFPVドローンがロシア…
  • 6
    年収分布で分かる「自分の年収は高いのか、低いのか」
  • 7
    日本とは全然違う...フランスで「制服」導入も学生は…
  • 8
    「棺桶みたい...」客室乗務員がフライト中に眠る「秘…
  • 9
    ウクライナ軍のクルスク侵攻はロシアの罠か
  • 10
    「まるで別人」「ボンドの面影ゼロ」ダニエル・クレ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story