コラム

日韓戦の勝敗に一喜一憂した、「かつての韓国」はもはや存在していなかった

2023年04月04日(火)14時05分
WBC

WBCの1次ラウンドで日本に大敗した韓国代表 KIM KYUNG HOONーREUTERS

<WBCの日韓戦での敗北にも、特有の「悲壮感」がない。「韓国のナショナリズム」はどこへ? これが日韓関係で意味することについて>

3月10日、筆者はソウルにいた。夕食を兼ねたインタビューによる調査を終え、夜遅くホテルに帰りテレビをつけると、ちょうどワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の日韓戦のさなかだった。試合は既に6回裏、日本代表がリードを広げ、韓国代表の敗色は濃くなっていた。

試合を中継したのは大手地上波3波の1つであるSBS、解説はオリックス・バファローズでもプレーした李大浩(イ・デホ)が担当していた。「これは韓国的には盛り上がらないな」と思いながら、中継を見ていると違和感がある。

そしてアナウンサーが「これがわが国の現状です。素直に認めなければなりません」と言った瞬間、気付いた。いつもの日韓戦、それも韓国代表が不利な状況に置かれている日韓戦に特有の「悲壮感」がないのだ。日本球界に詳しい李大浩の解説を、アナウンサーは淡々と聞いていた。

韓国はナショナリズムの強い国として知られ、かつてこの国を支配した日本はその主たるターゲットだった。だからこそ、スポーツにおける日韓戦にも強い関心が向けられ、韓国人は勝敗に一喜一憂した。勝利した際には強さを誇り、敗れたときにはふがいなさを悲憤慷慨し、来るべき試合での勝利を誓ってきた。

しかし、2023年3月の韓国にはその状況は存在しなかった。そしてそれは他の分野についても言えた。

日韓戦の4日前、韓国政府は元徴用工問題での解決策を発表した。発表の直前には反対する市民団体の集会が行われ、研究調査中の筆者はフィールドワークの一環として現場を訪れた。

しかしそこで見たのは、複数の市民団体が集めたわずか十数人程度の人々を、はるかに多くのメディアのカメラが待ち受ける奇妙な姿だった。街行く人々はその様子を遠目に見て通り過ぎ、多くの関心を払っているようには見えなかった。

韓国では、さまざまな団体の大規模集会が行われるのは土曜日が慣例になっており、WBCの日韓戦の翌日はこの土曜日に当たっていた。

5日前の月曜日に行われた元徴用工問題に関わる政府発表に反対する市民団体や野党は、この日を期して大規模集会を開催し、ソウル市中心部の会場には「共に民主党」の李在明(イ・ジェミョン)をはじめとする野党党首たちも集結した。

しかし、この市民団体や野党の総力を結集したデモにおいて筆者が見たのも、かつてとは異なる風景だった。なぜなら、市民運動団体や野党が攻撃の矛先を向けたのは、日本政府よりも解決策を発表した尹錫悦(ユン・ソギョル)政権に対してだったからである。

プロフィール

木村幹

1966年大阪府生まれ。神戸大学大学院国際協力研究科教授。また、NPO法人汎太平洋フォーラム理事長。専門は比較政治学、朝鮮半島地域研究。最新刊に『韓国愛憎-激変する隣国と私の30年』。他に『歴史認識はどう語られてきたか』、『平成時代の日韓関係』(共著)、『日韓歴史認識問題とは何か』(読売・吉野作造賞)、『韓国における「権威主義的」体制の成立』(サントリー学芸賞)、『朝鮮/韓国ナショナリズムと「小国」意識』(アジア・太平洋賞)、『高宗・閔妃』など。


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