コラム

米韓首脳会談で文在寅は弱腰批判を免れたが、バイデン外交の2つの基本「中国の体制批判」と「北朝鮮の非核化」は変わらない

2021年05月23日(日)20時12分

だが、結局、共同声明において用いられたのは「朝鮮半島の非核化」という表現であった。つまり、北朝鮮を巡る問題でも韓国政府はその懸念の一部を回避する事に成功した事になる。因みに、日米首脳会談では同じ問題について共同声明は「北朝鮮の非核化」という表現を用いているから、日米と日韓、二つの首脳会談はここでも大きな違いを見せた事になる。加えて同じ共同声明には、この朝鮮半島の非核化と平和の確立を達成するには「外交と対話が不可欠」であるとの一文も入る事となり、残る限られた任期の中で、北朝鮮との対話を再び実現したい文在寅政権としては、交渉に向けてのお墨付きをバイデンからもらった形にもなっている。

米韓首脳会談における韓国側のもう一つの大きな成果は、ここで「米韓ミサイル指針」の撤廃が合意された事である。米韓ミサイル指針とは、1979年、当時の米国政府が韓国へのミサイル技術提供と見返りに締結した、韓国におけるミサイル開発を制限するものであり、これにより韓国は、射程距離800km以上の弾道ミサイルの開発を禁止されて来た。背景には、1970年代末のデタントの進行と、朴正熙政権とカーター政権の対立があった。この言わば、韓国政府にとって冷戦期からの「負の遺産」とも言える米韓ミサイル指針の撤廃は、韓国が漸く「ミサイル主権」を回復したものとして、文在寅政権を支える進歩派のみならず、軍と近い保守派からも支持されることとなっている。

日韓の違いを放置してきたアメリカ

こうして見ると明らかなのは、日本を同じく接種が遅れるワクチン供給の不安を、米国からの早期のワクチン供給を約束させる事により解消できなかった事等への批判こそあるものの、本来の米国との間の外交的懸案については、文在寅は予想以上に無難にバイデンとの最初の首脳会談を乗り切ったように見える。

とはいえ、同時に疑問は残る。それは僅か1か月の間に行われた二つの首脳会談に見られる余りにも大きな違いである。そして既に述べた様に、それは必ずしも、日韓両国が首脳会談への準備過程で、米国政府を自らの望む方向へ導くべく、懸命に努力した結果だとも言えなかった。何故なら、この違いは既に3月に東京とソウルで相次いで行われた、二つの「2プラス2」、つまりは、外務・国防担当閣僚協議にて見られたものと同じだったからである。そしてその事は、日韓関係と米韓関係は、この2か月間、平行状態でそのまま推移してきた事を示している。

つまり、米国はこの2か月間、両者の相違を放置し、これを調整しようとしていないのである。だからこそ、この首脳会談の直前において韓国の外交筋は、首脳会談そのものについて大きな憂慮を有していなかった、と言われている。それは彼らが米国からの強い圧力を肌で感じていなかったからに他ならない。

プロフィール

木村幹

1966年大阪府生まれ。神戸大学大学院国際協力研究科教授。また、NPO法人汎太平洋フォーラム理事長。専門は比較政治学、朝鮮半島地域研究。最新刊に『韓国愛憎-激変する隣国と私の30年』。他に『歴史認識はどう語られてきたか』、『平成時代の日韓関係』(共著)、『日韓歴史認識問題とは何か』(読売・吉野作造賞)、『韓国における「権威主義的」体制の成立』(サントリー学芸賞)、『朝鮮/韓国ナショナリズムと「小国」意識』(アジア・太平洋賞)、『高宗・閔妃』など。


あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story