コラム

米韓首脳会談で文在寅は弱腰批判を免れたが、バイデン外交の2つの基本「中国の体制批判」と「北朝鮮の非核化」は変わらない

2021年05月23日(日)20時12分

それではこの一見して矛盾した二つの首脳会談の背景にあるのは何か。それは突き詰めれば、米国のバイデン新政権の外交政策が依然としてその形成途上にある事に他ならない。例えば、「体制の違い」を基軸とするバイデン政権の対中強硬姿勢は明確であり、そのメッセージは繰り返し発せられている。しかし、同政権がその為に具体的な施策を取るのか、そして同盟国に何を求めていくのかは、今の段階では全く明確ではない。

北朝鮮を巡る状況も同じである。北朝鮮が有する核兵器や弾道ミサイル等の大量破壊兵器を廃棄させる事が、米国の対北朝鮮政策の基本方針なのは間違いない。しかしその為に一体米国に何ができ、何をやるのか。そしてその為に自らの同盟国である日韓両国にどの様な役割を求めるのかは、実は未だ何も決まっていない。

そしてこれは実は必ずしもそれほど異常な事態ではない。何故なら、米国の歴代政権はいずれも自らの外交的基本方針を定め、日本や韓国といった同盟国への具体的な要求にまで落とし込んでいくまでに、通常、6か月以上、長い時には一年を超える期間を要しているからである。

にも拘わらず、この様な早期に首脳会談を行う事の意味は何か。それは米国からすればまず自らの定めた大枠としての外交政策の基本方針への賛同を確認することであり、また、同盟国の側とすれば自らの要望を早期に伝え、これを来るべき米国の具体的な政策へと反映させる事である。

例えば、文在寅は2017年6月、最初のトランプとの首脳会談において、朝鮮半島の平和統一を巡る問題において「韓国が主導的な役割を果たす」という一文を共同声明に盛り込ませる事に成功している。言うまでもなく、この最初の首脳会談での一手こそが、その後、シンガポールにおける米朝首脳会談実現までのプロセスにおいて、文在寅が大きな役割を果たす事を可能とさせたのである。

具体的行動を求められるのはこれから

こうして考えればこの時期の一連の首脳会談が、外交政策の形成過程としての、ワシントンにおける政策決定過程の一部をなしている事がわかる。言い換えるなら、日本政府と韓国政府は、ワシントンにおける政策決定に影響を与えるアクターの一つであり、だからこそ両者の競争は、ワシントン内外の様々なアクターを巻き込んで展開される。そしてこの競争を有利に進める為、菅と文在寅は、バイデンとのできるだけ早期の首脳会談を求め、この政権の外交政策に自らが米国に期待する内容を共同声明等の形で「盛り込む」事を目指した。そして現在のところまで、両者はそれにある程度成功した、という事ができる。

しかしながら、二つの首脳会談に示された内容に違いがある事は明らかであり、だからこそその違いが永遠に放置される事はない。言うなれば、今回の二つの首脳会談の「矛盾した二つの成功」は、飽くまで、バイデン政権が具体的な政策を持たない間の、一時的なものにしか過ぎないのである。中国との「体制の違い」に機軸を置いた対立と、北朝鮮の「完全な非核化」。日韓両国政府のワシントンにおける外交的力が真に問われるのは、バイデン政権がその抽象的な目標を、政策として如何に具体化するか、そして何よりもその具体化の過程に、如何に関与できるかにかかる事になりそうだ。

プロフィール

木村幹

1966年大阪府生まれ。神戸大学大学院国際協力研究科教授。また、NPO法人汎太平洋フォーラム理事長。専門は比較政治学、朝鮮半島地域研究。最新刊に『韓国愛憎-激変する隣国と私の30年』。他に『歴史認識はどう語られてきたか』、『平成時代の日韓関係』(共著)、『日韓歴史認識問題とは何か』(読売・吉野作造賞)、『韓国における「権威主義的」体制の成立』(サントリー学芸賞)、『朝鮮/韓国ナショナリズムと「小国」意識』(アジア・太平洋賞)、『高宗・閔妃』など。


あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

小泉防衛相、中国軍のレーダー照射を説明 豪国防相「

ワールド

米安保戦略、ロシアを「直接的な脅威」とせず クレム

ワールド

中国海軍、日本の主張は「事実と矛盾」 レーダー照射

ワールド

豪国防相と東シナ海や南シナ海について深刻な懸念共有
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺るがす「ブラックウィドウ」とは?
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 6
    「搭乗禁止にすべき」 後ろの席の乗客が行った「あり…
  • 7
    仕事が捗る「充電の選び方」──Anker Primeの充電器、…
  • 8
    ビジネスの成功だけでなく、他者への支援を...パート…
  • 9
    『羅生門』『七人の侍』『用心棒』――黒澤明はどれだ…
  • 10
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺るがす「ブラックウィドウ」とは?
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 6
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 7
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 8
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 9
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 10
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 7
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 8
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story