コラム

米政権交代で「慰安婦合意」の再来を恐れる韓国

2020年12月25日(金)21時35分

つまり、当時の朴槿恵政権は「歴史修正主義者である安倍をリベラル派であるオバマが支持する筈はなく、韓国は日本と影響力を競い合うに十分な力をつけている。だから、この慰安婦問題における競争では韓国が勝利する可能性が高い」と考えた事になる。

しかしながら現実には、南シナ海における米中対立を背景に、オバマ政権は日韓両国の関係修復を求め、韓国政府は慰安婦問題での大幅譲歩を余儀なくされる事となる。つまり、「リベラルなオバマ政権」が慰安婦問題で安倍の立場を支持する、という彼らにとっては予想外の結果になった訳である。

そしてこの様な結果がもたらされた原因について、韓国政府は次のように理解した。

長年、アジアの大国として君臨してきた日本はワシントンでは、新興勢力である韓国とは比べ物にならない人脈と信頼関係を築いてきた。この様な日本が持つワシントンでの蓄積は、オバマ政権の様に、国務省や国防省、更には各種シンクタンク等での議論を積み重ねて、ボトムアップ型に外交政策を組み立てる場合には極めて大きなものとして現れる。

だからこそ、韓国は「その議論の正しさ」にも拘わらず、ワシントンで日本に敗れる事になったのだ、と。

韓国外交はトップダウン型

その様な韓国にとって、各省庁やシンクタンクでの議論をバイパスして、多くをトップダウンで決めるトランプ政権の政策形成の在り方は、一面では極めて「与し易い」ものだった。そしてだからこそ2017年5月に成立した文在寅政権は、この時点で依然として対東アジア政策の形成過程にあったトランプ政権に対して、頻繁な特使を送り、自らが望む北朝鮮との対話に導く様、働きかけた。

そこで行われたのは、北朝鮮との対話が如何に実り多いものであり、大きな可能性があるかを、この主張に相応しい「情報」を提示して、説得する事だった。説得のターゲットは勿論、大統領であるトランプ。この様な韓国政府による「情報」操作は時に大きな恣意的な傾きさえ持っており、例えば当時ホワイトハウスにいたボルトンが自らの回顧録にて、文在寅政権に対する不信感を、苦々しく記している事はよく知られる通りである。

トランプ政権の様なトップダウン型のリーダーシップにおいては、省庁やシンクタンクでの議論がどの様な傾きを持とうとも、トップである大統領その人の説得にさえ成功すれば、政策の方向を左右する事ができる。それは同じく大統領制を取り、トップダウン型の政治が好んで行われる韓国の人々にとっては、理解しやすいものであり、彼らは対米外交の基軸を外交部と国務省、ではなく、青瓦台(ブルーハウス)とホワイトハウスの間に据える事となった。

プロフィール

木村幹

1966年大阪府生まれ。神戸大学大学院国際協力研究科教授。また、NPO法人汎太平洋フォーラム理事長。専門は比較政治学、朝鮮半島地域研究。最新刊に『韓国愛憎-激変する隣国と私の30年』。他に『歴史認識はどう語られてきたか』、『平成時代の日韓関係』(共著)、『日韓歴史認識問題とは何か』(読売・吉野作造賞)、『韓国における「権威主義的」体制の成立』(サントリー学芸賞)、『朝鮮/韓国ナショナリズムと「小国」意識』(アジア・太平洋賞)、『高宗・閔妃』など。


あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米バークシャー、24年は3年連続最高益 日本の商社

ワールド

トランプ氏、中国による戦略分野への投資を制限 CF

ワールド

ウクライナ資源譲渡、合意近い 援助分回収する=トラ

ビジネス

ECB預金金利、夏までに2%へ引き下げも=仏中銀総
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    細胞を若返らせるカギが発見される...日本の研究チームが発表【最新研究】
  • 2
    障がいで歩けない子犬が、補助具で「初めて歩く」映像...嬉しそうな姿に感動する人が続出
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 5
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 6
    見逃さないで...犬があなたを愛している「11のサイン…
  • 7
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 8
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 9
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 10
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 5
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 6
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 7
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 8
    細胞を若返らせるカギが発見される...日本の研究チー…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story