コラム

米政権交代で「慰安婦合意」の再来を恐れる韓国

2020年12月25日(金)21時35分

そしてこの状況下、来たるべきバイデン政権の対東アジア政策については様々な観測が飛び交っている。例えばその基軸となるべき対中政策については、人権問題を中心として厳しい姿勢を維持するだろうと言う観測が主流を占める一方で、トランプ政権とは一転した融和政策を取るのではないかという意見も依然として強固に存在する。

新型コロナウイルスの流行により限られた議論しか行われなかった今回の選挙では、来たるべき新政権において対外政策の優先度がどれほどになるのかもわからない。

さて、だからこそ韓国政府が懸念している事が幾つかある。一つは既に述べた様に、文在寅政権が自らの外交政策上、最も高い優先順位に置いている北朝鮮との対話について、バイデン政権がどう考えているのかである。仮にバイデン政権が北朝鮮との対話を断念し、核兵器廃絶への強力な姿勢を見せる事になれば、文在寅政権はこれまでの最も重要な外交的成果を完全に失う事になる。

二つ目は中国への政策である。経済において貿易への依存度が大きな韓国では、その貿易において四分の一近くを占める中国との関係は極めて重要である。この韓国にとっての中国の重要性は、文在寅の様な進歩派においてのみならず、財界と近い関係にある保守派においても同様であり、その事は朴槿惠政権期の中国への積極的な接近に典型的に表れている。

それ故、仮にバイデン新政権が経済面での中国への圧力を強め、これとの取引を持つ海外の企業との関係にも制限をかける事となれば、韓国は大きな経済的困難に直面する事になりかねない。

日本と競い合う対米交渉

状況の不透明さがもたらす不安は、日韓関係においても存在する。最大の懸念は、バイデン政権の誕生により、ワシントンにおける日本政府の影響力が増すのではないか、という懸念である。

背景にあるのは、再び朴槿惠前権期における経験である。2013年2月に出帆した朴槿恵政権は、ほぼ同時期である前年12月に成立した第二次安倍政権との間で慰安婦問題を巡って激しく対立した。その対立の主たる舞台の一つがワシントンであり、両国は共通の同盟国であるアメリカをして自らの側を支持させるように、働きかけた。

当時の韓国政府をしてこの様な行動に走らせた理由は二つあった。一つは首相就任直後の安倍が、アメリカのメディア等において「歴史修正主義者」との批判を向けられており、リベラル派に属するオバマとの関係が懸念されていた事であり、もう一つは経済力をはじめ国力を高める韓国政府が自らの影響力に自信をつけつつあった事である。

プロフィール

木村幹

1966年大阪府生まれ。神戸大学大学院国際協力研究科教授。また、NPO法人汎太平洋フォーラム理事長。専門は比較政治学、朝鮮半島地域研究。最新刊に『韓国愛憎-激変する隣国と私の30年』。他に『歴史認識はどう語られてきたか』、『平成時代の日韓関係』(共著)、『日韓歴史認識問題とは何か』(読売・吉野作造賞)、『韓国における「権威主義的」体制の成立』(サントリー学芸賞)、『朝鮮/韓国ナショナリズムと「小国」意識』(アジア・太平洋賞)、『高宗・閔妃』など。


あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏とゼレンスキー氏が「非常に生産的な」協議

ワールド

ローマ教皇の葬儀、20万人が最後の別れ トランプ氏

ビジネス

豊田織機が非上場化を検討、トヨタやグループ企業が出

ビジネス

日産、武漢工場の生産25年度中にも終了 中国事業の
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口の中」を公開した女性、命を救ったものとは?
  • 3
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 4
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 5
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 6
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 7
    足の爪に発見した「異変」、実は「癌」だった...怪我…
  • 8
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 9
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 10
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 3
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 4
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?.…
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 8
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 9
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 10
    【クイズ】世界で最もヒットした「日本のアニメ映画…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 6
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story