コラム

瀬戸際の元徴用工問題、日本は自ら解決の道を閉ざすな

2020年08月13日(木)21時10分

韓国にとって8月は「反日」の月(ソウルの日本大使館前で8月3日に行われた反日デモ) Kim Hong-Ji-REUTERS

<日本政府の感情的な対韓報復措置は自国が傷つくだけ。理は日本側にある。訴える方法と相手を見直すべきだ>

日韓関係に関わる者にとって、8月は毎年「暑い月」になる事が運命づけられている。言うまでもなくそれはこの月に、両国の間に横たわる歴史認識問題に関わる重要な記念日が集中しているからである。日本人にとっては、8月は広島と長崎における2回の原爆投下の日があるのみならず、何よりも15日に終戦記念日が存在し、多くの人々が様々な立場から日本を巡る「過去」について振り返る月となっている。

他方、韓国人にとっても、同じ8月は自らの歴史を考える上で重要な月である。日本人にとって第二次大戦における終戦記念日である8月15日は、韓国人にとっては三重の意味を持つ記念日になっている。即ちこの日は、第二次大戦における日本の敗北の結果、朝鮮半島の植民地が終了した「解放の記念日」であると同時に、38度線を挟んでの米ソ両大国による分断占領が確定した「南北分断が開始された日」にも当たっている。加えて、それから3年後に独立した大韓民国は、この日を選んで独立式典を行ったから、結果、8月15日は、韓国の人々にとって、植民地支配からの解放と、南北分断、そして自国の建国という、三つの記念日が同時に訪れる複雑な日となっている。更に言えば、8月29日は大韓帝国が日本に併合された日に当たっており、その事もまた韓国人にとって、ますます8月を過去の歴史に思いを馳せる月とさせている。

資産差し押さえへまた一歩

加えて今年は、8月4日が、元徴用工問題に際して、韓国裁判所からの「韓国内資産の差し押さえ命令」を伝える「公示送達」が効力を発生させる日に当たっており、被告側の日本企業はこれを受けて、即時抗告の手続きを行うに至っている。加えて、8月24日は、日韓軍事情報保護協定の延長期限日に当たっている。7月末には、昨年同月に日本が実施した半導体関連品目の輸出管理措置に関してWTOのパネルも設置されており、この8月の日韓関係は、正に紛争の種には事欠かない状態になっている。

この様な中、日本国内の一部では韓国への強硬な措置を取る声が高まっている。とりわけこの点は元徴用工問題において顕著であり、日本政府も菅官房長官が「現金化に至ることになれば、深刻な状況を招く」として、韓国政府に警告すると共に、「あらゆる選択肢を視野に入れ」るとして、強い対抗措置を取る事を匂わせる事になっている。

そして実際、日本国内ではこの様な状況を受けて、韓国に対して取り得る様々な措置が検討されている。その中で有力なものとして議論されているのは、韓国人への旅行目的の短期滞在ビザ免除の停止や、韓国製品に対する追加関税の導入、更には、韓国への送金規制などであり、メディアではこれらの措置について様々な論者が様々な意見を述べる事態になっている。

プロフィール

木村幹

1966年大阪府生まれ。神戸大学大学院国際協力研究科教授。また、NPO法人汎太平洋フォーラム理事長。専門は比較政治学、朝鮮半島地域研究。最新刊に『韓国愛憎-激変する隣国と私の30年』。他に『歴史認識はどう語られてきたか』、『平成時代の日韓関係』(共著)、『日韓歴史認識問題とは何か』(読売・吉野作造賞)、『韓国における「権威主義的」体制の成立』(サントリー学芸賞)、『朝鮮/韓国ナショナリズムと「小国」意識』(アジア・太平洋賞)、『高宗・閔妃』など。


あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏とゼレンスキー氏が「非常に生産的な」協議

ワールド

ローマ教皇の葬儀、20万人が最後の別れ トランプ氏

ビジネス

豊田織機が非上場化を検討、トヨタやグループ企業が出

ビジネス

日産、武漢工場の生産25年度中にも終了 中国事業の
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口の中」を公開した女性、命を救ったものとは?
  • 3
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 4
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 5
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 6
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 7
    足の爪に発見した「異変」、実は「癌」だった...怪我…
  • 8
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 9
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 10
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 3
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 4
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?.…
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 8
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 9
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 10
    【クイズ】世界で最もヒットした「日本のアニメ映画…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 6
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story