コラム

世界は「かわいそうなロシア」を「寄ってたかって攻撃している」のか?

2022年05月20日(金)12時00分
プーチン大統領

ロシアを覆う被害妄想こそがプーチン政権を支えている(写真は3月18日、モスクワで行われたクリミア併合8周年式典) Sputnik/Ramil Sitdikov/Kremlin via REUTERS

<ウクライナ侵攻での世界からの非難も、東欧諸国の離反も、北欧諸国のNATO加盟申請も、被害妄想に取り憑かれたロシアにしてみれば不当な「ロシア恐怖症」だというが......>

今、世界で大きな問題になっているのはロシアの被害妄想だ。被害妄想によってロシアは攻撃性を駆り立てられ、被害妄想なしでは現政権は称賛を得られず、被害妄想こそが政権の数少ない支柱の1つになっているだけに、どこかの誰かがうまくこの被害妄想問題を解決するアイデアを出してくれないものかと願ってしまう。

ロシアが言うには、世界が「かわいそうなロシア」を「寄ってたかって攻撃している」ということらしい。ロシアは巨大で強力な国であり、自らの行動のせいで世界にほとんど仲間がおらず、親密な国はベラルーシやシリアといったのけ者国家に限られるから、この言い分はなんとも奇妙だ。真っ当な理由から、バルト諸国や元ワルシャワ条約機構加盟国はソ連崩壊以降、先を争って西側入りし、EUやNATOに加盟した。そして今や、フィンランドやスウェーデンといった長年の中立国の世論も劇的にそうした方向にシフトしている。

ロシアは天然資源に恵まれているが、それによって得られる富は、たとえば質の高い医療や国民の生活水準向上のために使われるのでなく、支配者たちに浪費され、盗まれてきた。ロシア国民の新型コロナウイルスによる死亡率は驚くほど高く、蔓延するワクチン忌避の傾向は支配層への不信感の表れでもある。だから、もう一度言うが、ロシアの人々の生活水準がお粗末なのは「西側」の悪者たちによる陰謀のせいなどではない。

陰鬱な怒りと他者への非難ばかり

ロシアの人々はより良い未来への希望すら失っているように見える。ロシアのウクライナ侵攻は、ウクライナが今後の手本となってしまうかもしれないとプーチンが恐怖を抱いたことが少なからず背景にあるのではないかと、専門家たちは見ている――歴史的にこれほどまでにロシアに近い国が活力ある民主主義国家として成功したら、ロシア国民もそれに気付き、「私たちにもできるのでは」と考えてしまうのではないかと......。

希望と繁栄の代わりにあるのは、陰鬱な怒りと他者への非難だ。世界は「ロシア恐怖症」に陥っていて、ロシアこそが犠牲者なのだ、と。この論調においてはソ連崩壊は大惨事であり(ソ連は文字通り何千万もの市民を殺害し、迫害した誤った仕組みだったのにもかかわらず)、東欧諸国への民主主義拡大は抑圧され続けた人々の解放などではなくCIAによる何らかの陰謀であり、最近の対ロシア制裁はウクライナ侵攻に対する正当な対応というよりロシアの権威への侮辱であり不当な攻撃だ、ということになる。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米経済のハードデータは堅調、関税の影響を懸念=シカ

ビジネス

相互関税「即時発効」と米政権、トランプ氏が2日発表

ビジネス

TikTok米事業、アンドリーセン・ホロヴィッツが

ワールド

米・エジプト首脳が電話会談、ガザ問題など協議
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 6
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 7
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 8
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 9
    【クイズ】2025年に最も多くのお金を失った「億万長…
  • 10
    トランプが再定義するアメリカの役割...米中ロ「三極…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 3
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥーが解明される...「現代技術では不可能」
  • 4
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 5
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 6
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 7
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story