コラム

米大統領選でつくづく味わう「うちの国はまだマシ」感

2020年11月10日(火)16時35分

アメリカには大統領トランプより「上位の人」がいないが、イギリスでは「最高位」にある女王が首相を任命する(写真は2019年7月24日、バッキンガム宮殿にて) Victoria Jones/Pool via REUTERS

<国家元首は長子相続で決まり、選挙もブレグジットもゴタゴタ続きのイギリス。政治制度に難点は多々あれど、アメリカを見ているとわがイギリスの民主主義にホッとする>

イギリスの政治制度は完璧とは程遠い。僕たちは長子相続制で選ばれた国家元首を持つ。上院議員も選挙で選ばれていない。かつては貴族で構成されており、それは不条理だ。今でもまだ世襲貴族議員はいるものの、それ以外の議員は与党によって指名され、それこそえこひいきだからむしろ悪いと言えるだろう。

僕たちの選挙制度では、ほんの35%の得票を得た政党が「地滑り的勝利」で勝つことだってあり得る。逆に言えば、全国で12%もの票を獲得した政党が、1人の議員も当選させられない可能性もある。その意味では、イギリスはそこまで「民主主義的」とは言えない。

でもアメリカの大統領選を見ていると、僕はイギリスの奇抜な制度に感謝せずにはいられない。

まず、まさに英女王が「政治の外」にいるからこそ、憲法上の危機に際して女王自らがそれを防いだり、解決のために介入したりすることすらできる。

もしもトランプ大統領が選挙で敗れたことを拒絶しようと画策し、それゆえに大統領であり続けるとしたら、彼より「上位の人」がいないだけに、追い出すのは面倒な事態になるだろう。

イギリスでは君主が、ある人物に対して政権の樹立を要請する。その人物とは常に、下院で最多議席を獲得した党の党首ということになる。女王の権威があるからこそ、現職の首相がこの決まりに逆らうことなど事実上、不可能だ。

イギリスの君主は歴史上で何度か、劇的な政治介入を行ってきたことがある。たとえば1910年、ジョージ5世が貴族院(上院)に庶民院(下院)の優先を受け入れさせたことなどだ。同じくジョージ5世は1921年、アイルランド反政府派と英政府との和平交渉を進めるよう介入し、暴力の続く膠着状態に終止符を打ってアイルランド独立に道を開いた。

英首相は党の意向を無視できず、暴走は無理

2つ目に、英首相が総選挙で敗れた場合には、翌日、もしくは長くても数日以内には首相官邸を去ることになっている。残酷かもしれないが、「国民が声を上げた」のだ。

それに対して、憤慨したトランプ大統領が──たとえ退陣に同意したとしても──自分は詐欺に遭った、自分は歴史に痕跡を刻む定めなのだ、と信じながらまだあと2か月以上も大統領職にとどまるなんて、何が起こるのか想像するのも恐ろしい。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 8
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 9
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必…
  • 10
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 4
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 9
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 10
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 10
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story