コラム

イギリスの党大会が教えてくれる民主主義

2013年10月17日(木)17時59分

 イギリスでは、秋は党大会の季節。国会議員、党の幹部や政府高官が招集され、「忠実な党員たち」(一般党員をメディアはこう呼ぶ)と向き合う場となる。

 それは興味深い季節でもある。というのも、指導的地位にある政治家たちが、理論的には彼らを最も熱心に支持する、でも実際は彼らの政策に不満を覚えていることが多く、(その怒りが十分な数に達すれば)議員たちを落選させることもできる人々と話をしなければならないのだから。

 イギリスの党大会は、かなりの部分まで「演出」されている。それでもアメリカ大統領選で候補者と支持者が集まって旗を振るだけのような、無意味なイベントとはちょっと違う。演説者に聴衆がやじを飛ばすこともときどきあるし、複数のグループが集まって党の正式な政策とは相入れない意見を交換する「フリンジ(非主流派)ミーティング」も行われる。政治家の演説にかなりいい加減な拍手が送られることもしょっちゅうだ。

 大まかに言って、党の幹部よりも一般党員のほうが急進的だ。政治家は選挙で座席を守るために、中道の立場を取る傾向が強い。だから、右派である保守党の党員は「法と秩序」に関して強硬な姿勢をみせるが、同じく保守党のキャメロン政権の幹部たちは若い犯罪者への極端な刑罰や、初犯者への重い禁錮刑を支持しない。一般党員は 特定の裁判については死刑の再導入を支持するだろう。しかしそれが党の公式方針になれば、「イギリスの中間層」の多くの支持を失うことを党幹部は理解している。

 もう一つの主要政党で、中道左派の労働党についても同じようなもの。党の指導層より、党の支持者のほうがずっと左派寄りだ。自由民主党はさらに複雑な立場に置かれている。保守党と連立政権を組む一方で、「リベラル」で「左派寄り」の支持層を維持しなければならないからだ。

 自分たちが行っていることと、主な支持層から期待されていることのギャップを埋めるために政治家が使うのが、美辞麗句を並べた話術だ。例えば保守党の党大会ではテレサ・メイ内相が力強い演説をしたが、その中で彼女は、政府が移民をどのように取り締まってきたかについて述べた。メイは、制限なく不法に、または不法ぎりぎりのやり方(例えば偽装結婚や学生ビザの利用)で移民がイギリスに流入する抜け穴を、政府がどうやってふさいだかを見事に示してみせた。

 演説を聞いていると、現在の移民数は前回の保守党時代(97年までのメージャー政権)をはるかに上回っているという事実、その数はいまだにほとんどの保守党党員が望む以上であるという事実、過去15年間でイギリスに不法入国した人々の大半を退去させる力が政府にはほとんどないという事実を簡単に忘れてしまいそうだった。

■茶番と片付けるのは簡単だが

 党員からの批判をそらすもう一つの方法は、大胆な、ただし決して実行されることのない新政策を発表すること。保守党は、失業手当を支給する代わりに、失業者には社会に役立つ仕事(通りを掃除するなど)をしてもらうと発表した。この政策が実行されるかどうかは分からない。ただ長年にわたり何度も提案されているものだから、僕は生活保護手当をもらっている人は週に数時間、社会のために働いているのだろうとぼんやりと思っていた。

 この政策は保守党の一般党員には受けるだろう。(固定観念ゆえに)彼らはたいてい、
失業者は「怠け者」だとか、「仕事の訓練を叩き込まれる必要がある」とか、私たちは「ただで何かを手に入れる文化」を終わらせなければならないと信じている。あまり深く考えなければ、一般市民はこうした政策を受け入れるものかもしれない。でもこれが実現するとなると、強い反対論が出てくるはずだ。失業手当と引き換えに人々が「仕事」をするなら、相応の給与が支払われなくてはならない。だからこの制度を組織し、実行するにはそれなりのコストが掛かり、継続して行うのは財政的に無理だろう。

 労働党のエド・ミリバンド党首も実行できそうにない、または実行できたとしてもすぐに意味がなくなるような政策を発表した。将来、労働党政権になったら、電力料金の値上げを2年間「凍結する」としたのだ。それは年々、インフレ率の2倍の割合で値上がりしているガスや電気料金にうんざりしている有権者の人気を得るだろう。電力会社は民営化されるべきではない(または再国営化されるべき)と考える人が多い労働党の党員も満足させる。だが現実には、電力会社は価格凍結の前に値上げをして、こんな政策など簡単にくぐり抜けるだろう。

 こうした党大会を茶番と片付けるのは簡単だ。でも僕は、まだいくらかの価値が残っていると思う。党員は自分たちの意見を表明することができるし、指導者たちは党員と対話しなければならない。議員は4年か何年かに一度の選挙のときだけ、国民にごまをすればいいのではない。

 新たな政策が生まれ、党の方向性が変わることもあり得る。保守党の幹部よりも党員のほうがEU(欧州連合)に対して強い敵意を持っていること、今も労働組合が労働党の政策にどれほど影響力を及ぼしているかも分かる。党大会は「骨抜きにされて」「演出された」もので、演説は「いいところを並べただけ」などという批判はしょっちゅう耳にする。でも、そこには民主主義が生きている。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

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