ブレグジット後の「揺れ戻し」を促す、英メイ首相のしなやかな政治手腕
この補欠選挙は、今年10月25日にメイ首相(保守党)がヒースロー空港第3滑走路の建設推進を決定し(時系列はこちらから)、それを受けて、かねてから第3滑走路建設となれば議員を辞するとしてきたゴールドスミス氏が辞職したという背景があります。日本ではこの補欠選挙はほとんどニュースとして伝わってなかったようですし、中には単なる空港拡張工事の賛否を問う選挙かのような報道もみかけましたが、空港問題ならオルニー/ゴールドスミス両候補とも反対ですから、そうした分析は適当ではありません。
オルニー氏はよりマイルドな形でのブレグジットを望むとの主張を掲げる一方、ゴールドスミス氏はEU離脱派の中心人物であるボリス・ジョンソン氏(前ロンドン市長、現外務大臣)の「お仲間(ロンドン市長選ではジョンソン氏がゴールドスミス氏を応援するツーショット写真もある)」で、離脱派の象徴的な人物です。今回の補欠選挙では、2015年の総選挙で保守党に、2016年の国民投票でEU離脱に投票した3割のリッチモンドパーク地区の有権者が一転、オルニー氏に投票したとの分析もありました。実のところ、これからのブレグジットの方向を少なからず左右すると目されてきたのがこの補欠選挙であり、選挙結果が確定した後の現地報道では「BREXIT Backlash(離脱からの強い揺り戻し)」との単語が目立ちましたが、一度決定した ブレグジットへの激しい反発、反感が現れた補欠選挙結果と言えるでしょう。
【参考記事】不安なイギリスを導く似て非なる女性リーダー
ゴールドスミス氏が以前在籍し、メイ首相が率いている保守党は、「ソフトブレグジット(移民政策はEUの意向を一部反映する代わりにEU市場へのアクセスを維持する)」ではなく、「ハードブレグジット(移民の入国制限を念頭にイギリス自身が国境管理を実施、代わりに無関税貿易などEU単一市場へのアクセスは諦めEUと手を切る)」の意向を示してきました。今回の補欠選挙でEU残留派の怒りが噴出した結果、メイ首相のかじ取りは難しさを増すといった指摘もありますが、それも少し違うのかなと思うのです。と言うのも、もともとメイ首相自身はEU残留派で、首相になってからの強硬路線は本意とは違うと考えられるためです。
うがった見方をすれば、首相就任後に自身の政治信条はいったん封印して、敢えて「ハードブレグジット」を打ち出すことで、国民選挙の投票結果への敬意を評し、EU離脱に投票したとされる社会から締め出された「持たざる者(have-nots)」への理解を最大限に示しつつ、EU残留派の反発・反動を誘引する原動力となった可能性があります。振り子の法則で考えれば、大きく振れた直後にはその反動で大きく反対に振れやすいわけで、中途半端な「ソフトブレグジット」を掲げてマイルドな揺り戻しに留めるのではなく、「ハードブレグジット」で振り切ってしまった方がその反作用も大きくなります。実際、今回の選挙で結果的にEU離脱の最もハードかつ象徴的な1人の政治家の進路が断たれたことで、無論1人の脱落で何かが決定的に変わる訳ではありませんが、メイ首相の元来の政治信条により近い「ソフトブレグジット」路線への切り替えがしやすくなるという事実は残ります。
メイ新首相が誕生直後、彼女の政策や政治スタンスよりも「おしゃれ番長」と称してそのファッションセンスなどの瑣末な報道が日本国内で目に付いたのは、適宜情報収集がなされてないためと察しますが、相当な政治手腕とバランス感覚に秀でた政治家であるのは間違いなさそうです。実はメイ政権はゴールドスミス氏の補欠選挙に閣僚が応援に入ることを阻止していたとの報道もありました。「お仲間」のボリス・ジョンソンも応援に駆け付けることができなかったわけで、ハードなEU離脱派とは完全に一線を画しているようです。
この筆者のコラム
アメリカの「国境調整税」導入見送りから日本が学ぶこと 2017.08.04
加計学園問題は、学部新設の是非を問う本質的議論を 2017.06.19
極右政党を右派ポピュリズムへと転換させたルペンの本気度(後編) 2017.04.13
極右政党を右派ポピュリズムへと転換させたルペンの本気度(前編) 2017.04.12
トランプ政権が掲げる「国境税」とは何か(後編) 2017.03.07
トランプ政権が掲げる「国境税」とは何か(前編) 2017.03.06
ブレグジット後の「揺れ戻し」を促す、英メイ首相のしなやかな政治手腕 2016.12.26