コラム

「派閥愛」を語りたがる岸田首相にビジョンはあるか

2022年02月15日(火)18時00分

HISAKO KAWASAKIーNEWSWEEK JAPAN

<支持率(だけ)は好調な岸田内閣。当初の「隠れ安倍政権」という批判は的外れで、むしろ派閥の力学を熟知したしたたかさが目に付くが、トップとして語るべきビジョンは見えてこない>

今回のダメ本

ishido-webAMAZON220215.jpg『岸田ビジョン
分断から協調へ

岸田文雄[著]
講談社+α新書
(2021年10月15日)

岸田文雄内閣が誕生した時、政治に詳しいとされている著名人たちは、「隠れ安倍政権」だとか「『聞く力』は安倍、麻生の言うことを聞く力」などと語っていた。結果は見てのとおりで、激しい口調には何の根拠もないことが明らかになってしまった。それも当然だと思う。少なくとも本書を読めば、派閥力学に気を配るしたたかな政治家像が見えてくる。

この本の中で多用される言葉は自身の派閥「宏池会」。本書の後半は自民党論ではなく、宏池会論だ。今や懐かしい2000年に森内閣打倒を掲げ加藤紘一が仕掛けた「加藤の乱」の回顧、民主党政権誕生の逆風でも負けないための選挙論......で、彼は派閥への強い愛情と思いを隠そうとはしない。派閥への強いこだわりは、こんなディテールに表れる。なぜ岸田は選挙に強いのか、と聞かれた時のエピソードだ。

《あるとき、議員会館の私の部屋を訪れた自民党の秋葉賢也衆議院議員に、そう尋ねられたことがありました。秋葉さんは、宏池会ではなく、竹下派の代議士です》

《低姿勢でも高姿勢でもない「正姿勢」という言葉は陽明学者の安岡正篤さんが宏池会創設者の池田勇人元総理に助言したと言われ、我が宏池会に引き継がれています》

丁寧に議員の派閥まで書き込み、派閥の前に「我が」と付ける。岸田は一度はその存在を否定されながら、自民党の権力闘争の原点として生き続ける派閥の力学に鋭敏な政治家と言える。

現在の政治状況を見ても、派閥に影響を与える閣僚人事、党要職の人事はしたたかにこなしているが、派閥闘争が絡まない政策についてはどうだろうか。新型コロナ、それもオミクロン株対策を見ても社会の不安に寄り添うことには熱心だが、肝心のビジョンと論理は欠いている。

《「最悪の想定」をすることから、コロナ対策の全体像を明示し、国民おひとりおひとりが、いま感染状況はどの地点にあって、どれくらい頑張れば出口に届くのか、イメージできるようにすることが非常に大切だと思っています》

岸田はそう主張しているが、いま彼のメッセージで出口をイメージできる国民はどのくらいいるだろうか。現実に目立った政策といえば、流行の最初期に強化したはいいが、時間の経過とともに意味をなさなくなった水際対策を続けたことや、効果を見極めずに社会に制限を課した「まん延防止等重点措置」しかない。

プロフィール

石戸 諭

(いしど・さとる)
記者/ノンフィクションライター。1984年生まれ、東京都出身。立命館大学卒業後、毎日新聞などを経て2018 年に独立。本誌の特集「百田尚樹現象」で2020年の「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞作品賞」を、月刊文藝春秋掲載の「『自粛警察』の正体──小市民が弾圧者に変わるとき」で2021年のPEPジャーナリズム大賞受賞。著書に『リスクと生きる、死者と生きる』(亜紀書房)、『ルポ 百田尚樹現象――愛国ポピュリズムの現在地』(小学館)、『ニュースの未来』 (光文社新書)など

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

欧州株STOXX600の予想引き下げ、米関税で=ゴ

ビジネス

再送-インタビュー:トランプ関税で荷動きに懸念、荷

ワールド

ミャンマー地震の死者2719人と軍政トップ、「30

ビジネス

独製造業PMI、3月改定48.3に上昇 約2年ぶり
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 2
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 3
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者が警鐘【最新研究】
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 6
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 7
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2…
  • 8
    3500年前の粘土板の「くさび形文字」を解読...「意外…
  • 9
    メーガン妃のパスタ料理が賛否両論...「イタリアのお…
  • 10
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 1
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 2
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 3
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 4
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取…
  • 5
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 6
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 7
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 10
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】アメリカを貿易赤字にしている国...1位は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story