コラム

「風邪でも会社行け」と説く本が売れる日本、結局サラリーマンの手本は今も島耕作?

2020年04月02日(木)19時00分

Satoko Kogure-Newsweek Japan

<できる会社員になるための指南書として話題の『これからの会社員の教科書』。サラリーマン界で「プロ」に上り詰めた田端信太郎氏の説く「仕事の基本」には、自身の成功の最大要因が抜け落ちている>

今回のダメ本

book200402_Tabata.jpg
これからの会社員の教科書
 田端信太郎 著
 SBクリエイティブ

できる「サラリーマン」になるにはどうしたらいいか? ツイッターのフォロワー数は実に22万人(2020年2月現在)! リクルート、LINE、ZOZOといった名だたる会社を数年ごとに渡り歩いた、サラリーマン界のプロ中のプロが教える「仕事の基本」が本書の売りである。これが実に味わい深い。

いくつか紹介しよう。風邪をひいたらどうする? 人並みのサラリーマン生活を謳歌したいなら休めばいい。しかし、「プロ」を目指す人向けに著者は「風邪だろうが、雨が降ろうが槍(やり)が降ろうが、来ないといけない場面もあるぞ」とありがたいアドバイスを送る。

社内で何かを実現するにはどうするか? 徹底的な根回しをすることだ。著者は断言する。「サラリーマン生活は、人と人との関係が大切」で、誰に気に入られるか、どのタイミングで誰を押さえるべきかがポイントである、と。派閥争いの潮流を読み、キーパーソンに気に入られつつ、別の派閥とも適度な距離感で付き合えることが、できるサラリーマンの条件だという。

著者は英語で情報を得て、有名な音楽と映画、司馬遼太郎や村上春樹らを押さえ、年上相手でも話を合わせることまでできるのだとか。

さて。読み終えて、改めて思ったが結局、日本のプロサラリーマンとしての理想像を突き詰めていくと、基本は昭和から平成にかけて出世を重ねた「島耕作」的な価値観に接近していく。

平たく言えば、自身の力よりも人間関係を見抜く力、つまり処世術を身に付け、社内政治を成功させ、ライバルよりも早く上に上り詰めること。著者が指南するのも「仕事の基本」という名の処世術にすぎない。こうした技量を努力して身に付け、しかも転職を繰り返すだけの実力を持った著者は紛れもなく「市場の勝者」である。だが、成功をもたらした最も大きな要因がこの本からは見事に抜け落ちている。それは運だ。

アメリカの経済学者、ロバート・フランクの『成功する人は偶然を味方にする』(邦訳・日本経済新聞出版社)という本がある。この本の中で、フランクはビジネス的な成功において、いかに運が大事かというエビデンスを、これでもかと並べる。

プロフィール

石戸 諭

(いしど・さとる)
記者/ノンフィクションライター。1984年生まれ、東京都出身。立命館大学卒業後、毎日新聞などを経て2018 年に独立。本誌の特集「百田尚樹現象」で2020年の「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞作品賞」を、月刊文藝春秋掲載の「『自粛警察』の正体──小市民が弾圧者に変わるとき」で2021年のPEPジャーナリズム大賞受賞。著書に『リスクと生きる、死者と生きる』(亜紀書房)、『ルポ 百田尚樹現象――愛国ポピュリズムの現在地』(小学館)、『ニュースの未来』 (光文社新書)など

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