コラム

イギリスのワクチン「優先確保」にEUが激怒、アストラゼネカの言い分は?

2021年02月09日(火)19時25分

ワクチン接種を視察するジョンソン首相。批判はあるが国民のために必死で頑張っている(2021年1月25日) Stefan Rousseau/Pool via REUTERS

<日本政府の対応も不可解>

欧州委員会は、アストラゼネカ社による納品の大幅な遅れを受けて、2月1日、ワクチン接種戦略の一環として、同社の研究所から距離を置くことになったと発表した。

アストラゼネカ社は、2021年の第1四半期に1億用量の約束をしていたのに、25%しか保証することができなかった。

欧州委員会の衛生局長、サンドラ・ガリーナは「そのため、欧州委員会は現在、ビオテック・ファイザー社とジョンソン・エンド・ジョンソンが製造したワクチンに目を向けている」と強調した。AFP通信が報じた。

同時に、同社のワクチンを、65歳以上の高齢者に投与することを反対する動きがある。

ドイツ、スウェーデン、ポーランドに続いて、フランスも、投与に反対する国となった。「現在のデータに基づくと、この年齢層で効果を評価することはできない」という立場である。(後述:スイスはワクチンの認証そのものをやめた)。

これは欧州連合(EU)の機関である欧州医薬品庁(EMA)の勧告とは逆の見方である。「勧告」だから、各EU加盟国は、必ず従わないといけないものではないので、各国政府が独自に判断している。

これらの背景には何があるのだろうか。

EUからワクチンを英国にまわした疑惑

ここ最近、前ははっきりとは言わなかったEUの怒りの原因を、『ル・モンド』をはじめ、明確にフランスの報道が言うようになってきたという印象がある。前にも報道でちらっと書かれることはあったのだが。

それは「EU側は、EU内(欧州大陸)で生産されたアストラゼネカ社のワクチンすらも、同社が内緒でイギリスにまわしていたと疑って怒っている」である。

同社がそのようなことをするとしたら、背後に政治の力、つまりイギリス政府とジョンソン首相の意向があると疑うのが、当然の考えだろう。

もしそうなら、日本も同社とイギリス政府に同じことをされていたということになる。日本は同社と1億2000万回分の契約を結んでいる。それが遅れているのは、イギリスにワクチンをまわすことを優先した結果ということになるからだ。

日本政府が「EUの規制を懸念」などとEUに文句をいうのは筋違いで、むしろイギリス政府にこそ「契約と約束を守れ。日本にちゃんとワクチンをまわせ」というべきだということになる。

そもそも読者のみなさんは、「おかしい」と思ったことはないだろうか。

アストラゼネカは、イギリスの会社とみなされている。イギリスはもうEUを離脱している。それなのに、なぜ同社のワクチンを日本が購入するのに、EUの規制に異議をとなえる顛末になるのだろうか、政治的に苦情をいうのなら、相手はイギリス政府じゃないのか──と。

工場の場所が問題

これには一つの説明がある。

同社のワクチン工場(ラボ)は、ヨーロッパでは英国に2つ、EU内に2つある(ベルギーとオランダ)。

そしてEUと同社の契約によると、この4つの工場が契約の対象になっているだけではなく、何か問題が生じた場合に、アメリカにある5つめの工場が稼働可能ということだ。

EU側は、イギリスからやってきた変異株に苦しめられている。それなのに、イギリスでは薬局レベルですらワクチンの投与が始まり、どんどん普及しているのに、EUにはまわそうとしない──。EU側が怒るのは無理もない。

プロフィール

今井佐緒里

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出合い、EUが変えゆく世界、平等と自由。社会・文化・国際関係等を中心に執筆。ソルボンヌ大学(Paris 3)大学院国際関係・ヨーロッパ研究学院修士号取得。日本EU学会、日仏政治学会会員。編著に「ニッポンの評判 世界17カ国最新レポート」(新潮社)、欧州の章編著に「世界が感嘆する日本人~海外メディアが報じた大震災後のニッポン」「世界で広がる脱原発」(宝島社)、連載「マリアンヌ時評」(フランス・ニュースダイジェスト)等。フランス政府組織で通訳。早稲田大学哲学科卒。出版社の編集者出身。 仏英語翻訳。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イスラエルがガザ空爆、48時間で120人殺害 パレ

ワールド

大統領への「殺し屋雇った」、フィリピン副大統領発言

ワールド

米農務長官にロリンズ氏、保守系シンクタンク所長

ワールド

COP29、年3000億ドルの途上国支援で合意 不
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 2
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 3
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたまま飛行機が離陸体勢に...窓から女性が撮影した映像にネット震撼
  • 4
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 5
    「ダイエット成功」3つの戦略...「食事内容」ではな…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    ロシア西部「弾薬庫」への攻撃で起きたのは、戦争が…
  • 8
    「何も見えない」...大雨の日に飛行機を着陸させる「…
  • 9
    クルスク州のロシア軍司令部をウクライナがミサイル…
  • 10
    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 5
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 8
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大き…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 7
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 8
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 9
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 10
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story