コラム

イスラム分離主義と戦うマクロンは「極右」でも「植民地主義者」でもない

2020年10月28日(水)17時10分

殺害された中学教師の追悼式典に出席するマクロン FRANCOIS MORI-POOL-REUTERS

<新法案で過激派によるテロ問題解決を目指し、同時に「イスラム教徒の孤立を許したのはわれわれであり、イスラム教徒を責めてはならない」と強調する仏首相を強く批判する国が現れた>

フランスのマクロン大統領は10月2日、「イスラム分離主義と戦う」と宣言し、年末までに新たなイスラム過激派対策法案の閣議提出を目指すと演説した。

イスラム分離主義とは「フランス共和国法を無視しイスラム法に従うイデオロギー」の意だ。フランス国内には分離主義に支配された「並行社会」が既に存在する、イスラム教徒を社会に統合しない限り過激派問題の解決はない、とマクロンは述べた。

フランスは約600万人という西欧有数のイスラム教徒人口を擁する国である。仏世論研究所が9月に公表した調査では、25歳未満の在仏イスラム教徒の74%がイスラム教の信念は共和国の価値より重要だと回答している。イスラム分離主義の脅威は単なる杞憂ではない。

マクロンはフランスを統合するのは世俗主義という「セメント」だと述べ、「フランスは宗教の名の下に道を踏み外す人々と戦うことを迫られている」と断じた。世俗主義と共和主義の強化を目指す新法案は、3歳からの学校通学の義務化、イスラム教指導者の国内での育成、分離主義の疑いのある組織や個人への監視強化などを含む。マクロンは、イスラム教徒の孤立を許したのはわれわれであり、イスラム教徒を責めてはならないと強調したものの、これを強く批判する国が現れた。

トルコである。

トルコとフランスは共にNATO加盟国だが、フランスはトルコのリビア内戦介入や東地中海の資源探査を非難。それ以前もマクロンがNATOを脳死状態と評し、トルコのエルドアン大統領がマクロンこそ脳死状態と返すなど対立が続いている。エルドアンは今回のマクロンの演説も「植民地の知事のよう」で無礼かつ挑発的だと非難し、トルコ与党AKPのオメル・チェリキ報道官もイスラム教を攻撃する反民主主義の極右だとツイート。アルジャジーラも、世界中のイスラム教徒がマクロンに怒り極右への迎合だと非難していると報道した。

他方、サウジアラビアを拠点とするムスリム世界連盟(MWL)のムハンマド・アル・イーサ事務局長は、「もしわれわれが彼ら(過激派)を擁護すれば、われわれは彼らと同じであることを意味する」と述べ、暗にマクロンの方針を支持した。MWLは昨年5月、139カ国1200人以上のイスラム教指導者と共に、過激派や暴力と戦い宗教的多元性促進を目指すと宣言するメッカ憲章を採択している。

プロフィール

飯山 陽

(いいやま・あかり)イスラム思想研究者。麗澤大学客員教授。東京大学大学院人文社会系研究科単位取得退学。博士(東京大学)。主著に『イスラム教の論理』(新潮新書)、『中東問題再考』(扶桑社BOOKS新書)。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ロシア、キーウ攻撃に北朝鮮製ミサイル使用の可能性=

ワールド

トランプ氏「米中が24日朝に会合」、関税巡り 中国

ビジネス

米3月耐久財受注9.2%増、予想上回る 民間航空機

ワールド

トランプ氏、ロのキーウ攻撃を非難 「ウラジミール、
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは?【最新研究】
  • 2
    日本の10代女子の多くが「子どもは欲しくない」と考えるのはなぜか
  • 3
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 4
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 5
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    「地球外生命体の最強証拠」? 惑星K2-18bで発見「生…
  • 8
    謎に包まれた7世紀の古戦場...正確な場所を突き止め…
  • 9
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初…
  • 10
    【クイズ】世界で最もヒットした「日本のアニメ映画…
  • 1
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 2
    しゃがんだ瞬間...「えっ全部見えてる?」ジムで遭遇した「透けレギンス」投稿にネット騒然
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    【クイズ】売上高が世界1位の「半導体ベンダー」はど…
  • 9
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 10
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 8
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story