コラム

混迷イラクの懸念と希望──宗派対立だけでは理解できない複層的な現状

2020年03月04日(水)17時00分

イラクでサドル師への反発は意外に強い ALAA AL-MARJANI-REUTERS

<反政府デモが続くイラクでシーア派の有力指導者ムクタダ・サドル師の命令に反発の声、イスラム法的には正統な見解だが人々が従わない理由とは>

「イスラム法の規定に基づき、座り込みのテント内での男女の混在を禁じる」

昨年10月から反政府抗議デモが続くイラクで2月9日、シーア派の有力指導者の一人であるムクタダ・サドル師がこのような命令を下した。これに対しイラク各地で反発の声が上がり、女性が顔にヒゲを描いたり、男性が女性のようにヒジャーブを着用する異性装で抗議する人々も現れた。

サドル師は13日にも、今日のイラクには「裸体、男女混在、酩酊、不道徳、放蕩、不信仰」があふれており、「イラクを(アフガニスタンの)カンダハルのように過激で、シカゴのように無法な場所にしてはならない」とツイートした。首都バグダッドでは数百人の女性が男性に交じってデモに参加し、これに抗議した。人々はイラク国旗を掲げ、「第2のイランになるのはごめんだ」と叫んだ。

男女混在を禁じるサドル師の見解は、コーラン第33章53節「あなたがたが、かの女らに何か尋ねる時は、必ず帳(とばり)の後からにせよ」などの言葉に由来している。そのような状況下では男性の性欲が刺激され、姦通という大罪につながりかねない、というのがイスラム的な考え方だ。

サドル師の見解はイスラム法的には正統である。しかし今のイラクの人々は、それにおとなしく従ったりはしない。

理由はいくつもある。

第1にサドル師には、自身が「腐敗した政府」の当事者だという側面がある。サドル師傘下にあるサーイルーンという政党連合はイラク議会の第1党だ。デモ隊の中には、サドル師こそイラクを率いるべきだとする支持者がいる一方、彼をあくまで打倒すべき体制派と見なす人も多い。

第2に、デモ参加者にはシーア派もスンニ派もいるが、彼らはサドル師のシーア派という宗派色や政治色、反米強硬路線を嫌う傾向が強い。彼らは隣国のシーア派国家イランがイラクのシーア派民兵組織「人民動員隊」に資金や武器を与えて代理組織化し、イラクに強い影響力を及ぼしている実態に抗議している。人民動員隊を統率してきたのが、今年1月に米の軍事作戦によって殺害されたイラン革命防衛隊クッズ部隊のガセム・ソレイマニ司令官だ。

プロフィール

飯山 陽

(いいやま・あかり)イスラム思想研究者。麗澤大学客員教授。東京大学大学院人文社会系研究科単位取得退学。博士(東京大学)。主著に『イスラム教の論理』(新潮新書)、『中東問題再考』(扶桑社BOOKS新書)。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ゼレンスキー氏「ロシアは戦争継続を望む」、条件付き

ワールド

米、プーチン氏と生産的な協議 ウクライナ紛争終結の

ワールド

米・イスラエル、ガザ住民受け入れ巡りアフリカ3カ国

ビジネス

ECBの4月据え置き支持、関税などインフレリスク=
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本人が知らない 世界の考古学ニュース33
特集:日本人が知らない 世界の考古学ニュース33
2025年3月18日号(3/11発売)

3Dマッピング、レーダー探査......新しい技術が人類の深部を見せてくれる時代が来た

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「若者は使えない」「社会人はムリ」...アメリカでZ世代の採用を見送る会社が続出する理由
  • 2
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦している市場」とは
  • 3
    【クイズ】ウランよりも安全...次世代原子炉に期待の「トリウム」埋蔵量が最も多い国は?
  • 4
    【クイズ】世界で1番「石油」の消費量が多い国はどこ…
  • 5
    中国中部で5000年前の「初期の君主」の墓を発見...先…
  • 6
    白米のほうが玄米よりも健康的だった...「毒素」と「…
  • 7
    自分を追い抜いた選手の頭を「バトンで殴打」...起訴…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「天然ガス」の産出量が多い国は…
  • 9
    「紀元60年頃の夫婦の暮らし」すらありありと...最新…
  • 10
    SF映画みたいだけど「大迷惑」...スペースXの宇宙船…
  • 1
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦している市場」とは
  • 2
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやステータスではなく「負債」?
  • 3
    【クイズ】アメリカを貿易赤字にしている国...1位は中国、2位はメキシコ、意外な3位は?
  • 4
    メーガン妃が「菓子袋を詰め替える」衝撃映像が話題…
  • 5
    白米のほうが玄米よりも健康的だった...「毒素」と「…
  • 6
    うなり声をあげ、牙をむいて威嚇する犬...その「相手…
  • 7
    「若者は使えない」「社会人はムリ」...アメリカでZ…
  • 8
    「これがロシア人への復讐だ...」ウクライナ軍がHIMA…
  • 9
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」…
  • 10
    【クイズ】ウランよりも安全...次世代原子炉に期待の…
  • 1
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 4
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 5
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 8
    【クイズ】アメリカを貿易赤字にしている国...1位は…
  • 9
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 10
    細胞を若返らせるカギが発見される...日本の研究チー…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story