コラム

中東専門家が見た東京五輪、イスラエルvsイスラーム諸国

2021年08月16日(月)11時25分

ちなみに、今回棄権したアルジェリア代表のヌーリーンは柔道の試合よりもパレスチナ問題のほうがはるかに重要であると述べ、帰国の際にはヒーローとして大歓迎を受けたという。逆にいえば、イスラエルと対戦したら、それだけで裏切り者と非難されることになるわけだ。

これとまったく異なる対応だったのがサウジアラビアである。同じ柔道女子78キログラム超級に出場したサウジアラビア代表、タハーニー・カフターニーは予選でイスラエル選手と実際に戦い、きれいに一本負けしている。あまつさえ、試合後はイスラエル選手と握手し、たがいを讃えあったのである。

サウジアラビアはイスラエルとの国交樹立をいまだ拒否しているが、この戦いはサウジアラビアとイスラエルの関係上、重要な分岐点となるかもしれないし、おそらく政治的には歴史的な試合ということができるだろう。

髪の毛を出したサウジ女性選手を国内メディアもSNSも支持

ちなみに、サウジアラビアの女性選手がオリンピックの柔道種目に出たのはカフターニーが最初ではない。2012年のロンドン・オリンピックに参加したウォジュダーン・シャフルハーニーが第1号である(彼女は柔道のみならず、オリンピックに参加した最初のサウジ女性でもある)。

このとき彼女、あるいはサウジアラビア柔道チームは、彼女がシャリーア(イスラーム法)に適合した服装ができるように試合中、髪の毛を隠すヒジャーブを着用する許可を求めて、一悶着あった。結局、水泳帽のようなものをつけることが許されたのだが、それでもサウジアラビア国内からは、彼女の出自(先祖が中央アジア出身)を含め、きわめて辛辣な批判が出ていた。

その意味で、今回のカフターニーは、イスラエル選手との試合中、髪の毛を出したまま、ヒジャーブも水泳帽もかぶらなかった点も特筆される。ロンドンからの10年弱で、サウジアラビアもずいぶん変わったということであろう。

ちなみに、東京オリンピックのサウジアラビア代表中、女子は2人だけだったが、もう一人、陸上100メートル代表のヤスミーン・ダッバーグは、競技中、スポーツ・ヒジャーブを着用するとともに、顔と手首より先以外、すべて隠すスタイルを取っていた。なお、ダッバーグは、開会式でサウジアラビア代表の旗手もつとめている。

国内メディアは基本的にカフターニーを支持する論評をしていたし、リベラル派のトゥルキー・ハマドは試合前から棄権すべきではないと主張していた。また、SNS上では「われらみなタハーニー・カフターニー」といったハッシュタグをつけて彼女を応援する声も少なくなかった。

プロフィール

保坂修司

日本エネルギー経済研究所中東研究センター研究顧問。日本中東学会会長。
慶應義塾大学大学院修士課程修了(東洋史専攻)。在クウェート日本大使館・在サウジアラビア日本大使館専門調査員、中東調査会研究員、近畿大学教授、日本エネルギー経済研究所理事・中東研究センター長等を経て、現職。早稲田大学客員上級研究員を兼任。専門はペルシア湾岸地域近現代史、中東メディア論。主な著書に『乞食とイスラーム』(筑摩書房)、『新版 オサマ・ビンラディンの生涯と聖戦』(朝日新聞出版)、『イラク戦争と変貌する中東世界』『サイバー・イスラーム――越境する公共圏』(いずれも山川出版社)、『サウジアラビア――変わりゆく石油王国』『ジハード主義――アルカイダからイスラーム国へ』(いずれも岩波書店)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

イスラエルがガザ空爆、48時間で120人殺害 パレ

ワールド

大統領への「殺し屋雇った」、フィリピン副大統領発言

ワールド

米農務長官にロリンズ氏、保守系シンクタンク所長

ワールド

COP29、年3000億ドルの途上国支援で合意 不
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 2
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 3
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたまま飛行機が離陸体勢に...窓から女性が撮影した映像にネット震撼
  • 4
    「ダイエット成功」3つの戦略...「食事内容」ではな…
  • 5
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    ロシア西部「弾薬庫」への攻撃で起きたのは、戦争が…
  • 8
    クルスク州のロシア軍司令部をウクライナがミサイル…
  • 9
    「何も見えない」...大雨の日に飛行機を着陸させる「…
  • 10
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 3
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 4
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 5
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 8
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大き…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 7
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 8
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 9
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 10
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story