コラム

「チェスは時間の無駄、金の無駄」のサウジでチェス選手権の謎

2018年01月26日(金)17時35分

サウジアラビアの首都リヤドの街角でチェスに興じる男性 Faisal Al Nasser-REUTERS

<日本でほどんと報じられなかった昨年12月末の「サルマーン国王早指しチェス世界選手権」。女性の服装や外交問題など、いかにもサウジという問題が起こったが、そもそもチェスは「ハラーム(禁止)」だ>

昨年12月末、サウジアラビアで「サルマーン国王早指しチェス世界選手権」が開催された。字面だけみれば、ああそうですかというぐらいで、どうってことはないかもしれない。

だが、実際にはこのイベントをめぐっていろいろ事件が起き、そのいずれもがいかにもサウジアラビアらしいというので、メディアでも大きく取り上げられた(ただ、残念なことに、日本のメディアでは、将棋の藤井四段や羽生永世七冠などのニュースで手一杯のためか、サウジアラビアでのチェス選手権のことはほとんど報じられなかったし、あまり評判がよくない日本チェス協会のウェブサイトでも一切触れられていない)。

ドレスコードでひと悶着あったが、結局は...

サウジの選手権開催でまず槍玉に挙がったのが、ドレスコードである。サウジアラビアでは女性は公的な場においては、外国人も異教徒も含め、アバーと呼ばれる長衣で全身を覆わねばならないという暗黙(?)のルールがある。

そのため、2度の女子世界チャンピオンを獲得したウクライナのアンナ・ムジチュクは「たとえタイトルを失おうとも、(サウジの首都)リヤードにはいかない。ヒジャーブ(頭にかぶって髪の毛を隠す布)をかぶるのはイランで十分だ」といって、早々とサウジ行きをボイコットしてしまったのだ。

ちなみに、これに関して西側メディアはしばしば女性のチェス・プレーヤーが髪の毛を隠して、プレーしている写真を掲載していた。だが、これらの写真の大半は実はサウジアラビアではなく、イランの大会での場面だったのである。

記事の多くはサウジを批判的にみる内容なので、写真は印象操作くさいのだが、もちろんサウジアラビアであれば、そういうふうになる可能性は十分あったであろう。しかし、この大会で重要なのは、サウジの大会主催者がその後、ドレスコードを大幅に緩め、アバーやヒジャーブを着用しなくてもいいことにした点である。

国際チェス連盟が11月に発表したプレスリリースによると、大会では、男性は濃紺か黒のフォーマル・スーツに白いシャツ(ネクタイはつけてもつけなくてもよい)、一方、女性も濃紺か黒のスーツ(ただし、スカートではなく、パンツ)に襟のついた白のブラウスを着用すると規定された。

主催者側の公開している実際の選手権時の写真を見ると、非ムスリムの女子選手が髪の毛を隠さずにプレーしているのがわかる。サウジアラビアで、いくら外国人とはいえ、女性がこんなにたくさん髪の毛を出したまま、不特定多数の男性と同じ場所にいるのはきわめて珍しい。

プロフィール

保坂修司

日本エネルギー経済研究所中東研究センター研究顧問。日本中東学会会長。
慶應義塾大学大学院修士課程修了(東洋史専攻)。在クウェート日本大使館・在サウジアラビア日本大使館専門調査員、中東調査会研究員、近畿大学教授、日本エネルギー経済研究所理事・中東研究センター長等を経て、現職。早稲田大学客員上級研究員を兼任。専門はペルシア湾岸地域近現代史、中東メディア論。主な著書に『乞食とイスラーム』(筑摩書房)、『新版 オサマ・ビンラディンの生涯と聖戦』(朝日新聞出版)、『イラク戦争と変貌する中東世界』『サイバー・イスラーム――越境する公共圏』(いずれも山川出版社)、『サウジアラビア――変わりゆく石油王国』『ジハード主義――アルカイダからイスラーム国へ』(いずれも岩波書店)など。

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