コラム

「開戦」は5月下旬 けっして突然ではなかったカタール断交

2017年06月07日(水)12時10分

ジャジーラ(アルジャジーラ)のロゴ Eric Gaillard-REUTERS

<サウジアラビアやUAEなどがカタル(カタール)との外交関係を断絶したニュースは世界を驚かせたが、5月下旬からメディアでの戦いははじまっていた>

6月5日、サウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)、バハレーン(バーレーン)、エジプトの4か国が突然、隣国カタル(カタール)との外交関係を断絶した(断交した国はその後さらに増え、現時点では8か国〔あるいは7.5か国?〕になっている)。今「突然」と書いたが、実はしばらく前から予兆はあり、その意味では今回の事件、けっして「突然」ではなかった。

わたしが異変に気づいたのは5月23日昼すぎごろだったと思う。わたしのiPhoneにはドバイを拠点とするサウジ資本の衛星放送アラビーヤのアプリが入っているのだが、そのアプリからプッシュで速報が流れ、カタル国営通信(QNA)を引用し、カタルのタミーム首長がすごいこといってると伝えてきたのである。

内容は、国家元首の発言としてはいくら何でもまずいだろうというものだったんで、あわててQNAのウェブサイトにアクセスしてみたのだが、全然アクセスできない。こりゃあ何かあったなあと思っていたら、カタルの衛星放送ジャジーラ(アルジャジーラ)が、QNAがハッキングされたと報じはじめたのである。

これで一件落着かと思いきや、アラビーヤの速報はとまらず、その後もずっとタミーム首長の「発言」とやらをプッシュしつづけ、さらにカタルがサウジアラビアなどの駐ドーハ大使を国外追放にしたなどの報道まで流れるしまつ。サウジ側メディアは、カタルのいうハッキング説をまったく信用せず、反証を挙げて、タミーム首長が実際にそうした発言をしたはずだと主張したのである。

翌朝一番でアラビーヤを確認すると、もうすでにサウジやUAEはカタルの報道を全面的にブロックし、カタルがいかに悪いことをしてきたかの報道をずっと垂れ流すようになっていた。5月28日にたまたまアラビーヤのウェブサイトをみてみたら、何とホームページに並べられた主要ニュースの項目が全部カタルの悪口になっているではないか。

hosaka170607-web.jpg

アラビーヤの主要ニュースがカタルの悪口だらけになった瞬間

で、しばらくすると、外交関係断絶である。サウジやUAE、バハレーンの報道をフォローしているかぎり、今回の事件はけっして突然とは思えず、メディアでの戦いがはじまってから、いつなんどきこうした事態になってもふしぎはなかったであろう。

【参考記事】国交断絶、小国カタールがここまで目の敵にされる真の理由
【参考記事】中東諸国のカタール断交のウラには何がある?

約30年まえは「上司と部下」のような関係だったが

カタルはもともと外交などで独自路線をとって、周辺諸国と摩擦を生じさせていたが、サウジとの関係がずっとそうだったわけではない。

わたしがイラクに住んでいた30年近くまえ、当時のイラクのサッダーム・フセイン政権が、サウジのファハド国王とカタルのハリーファ首長(現首長の祖父)のあいだの電話会談を盗聴して暴露したことがあった。そのときの2人のやり取りは文字どおり上司と部下という感じで、カタル側が卑屈に見えてしまうぐらいであった。

そのハリーファ首長は1995年、宮廷クーデタで息子のハマドによって首長位を追われてしまう。このときの事件をわたしは、当時ようやくオンライン化されはじめたアラビア語の新聞で追いかけていたのだが、もっとも詳細に伝えてくれたのは、サウジ資本のシャルクルアウサト紙であった。

このハマドの時代に、カタルは豊富な天然ガスや石油で蓄積した富を背景に、独自路線を歩みはじめ、周辺国をいらつかせることになる。その筆頭がジャジーラであった。

プロフィール

保坂修司

日本エネルギー経済研究所中東研究センター研究顧問。日本中東学会会長。
慶應義塾大学大学院修士課程修了(東洋史専攻)。在クウェート日本大使館・在サウジアラビア日本大使館専門調査員、中東調査会研究員、近畿大学教授、日本エネルギー経済研究所理事・中東研究センター長等を経て、現職。早稲田大学客員上級研究員を兼任。専門はペルシア湾岸地域近現代史、中東メディア論。主な著書に『乞食とイスラーム』(筑摩書房)、『新版 オサマ・ビンラディンの生涯と聖戦』(朝日新聞出版)、『イラク戦争と変貌する中東世界』『サイバー・イスラーム――越境する公共圏』(いずれも山川出版社)、『サウジアラビア――変わりゆく石油王国』『ジハード主義――アルカイダからイスラーム国へ』(いずれも岩波書店)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

焦点:アサド氏逃亡劇の内幕、現金や機密情報を秘密裏

ワールド

米、クリミアのロシア領認定の用意 ウクライナ和平で

ワールド

トランプ氏、ウクライナ和平仲介撤退の可能性明言 進

ビジネス

トランプ氏が解任「検討中」とNEC委員長、強まるF
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプショック
特集:トランプショック
2025年4月22日号(4/15発売)

大規模関税発表の直後に90日間の猶予を宣言。世界経済を揺さぶるトランプの真意は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    しゃがんだ瞬間...「えっ全部見えてる?」ジムで遭遇した「透けレギンス」投稿にネット騒然
  • 2
    【クイズ】売上高が世界1位の「半導体ベンダー」はどこ? ついに首位交代!
  • 3
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ? 1位は意外にも...!?
  • 4
    【渡航注意】今のアメリカでうっかり捕まれば、裁判…
  • 5
    「2つの顔」を持つ白色矮星を新たに発見!磁場が作る…
  • 6
    300マイル走破で足がこうなる...ウルトラランナーの…
  • 7
    今のアメリカは「文革期の中国」と同じ...中国人すら…
  • 8
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 9
    トランプ関税 90日後の世界──不透明な中でも見えてき…
  • 10
    米経済への悪影響も大きい「トランプ関税」...なぜ、…
  • 1
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜け毛の予防にも役立つ可能性【最新研究】
  • 2
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ? 1位は意外にも...!?
  • 3
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最強” になる「超短い一言」
  • 4
    あなたには「この印」ある? 特定の世代は「腕に同じ…
  • 5
    パニック発作の原因とは何か?...「あなたは病気では…
  • 6
    しゃがんだ瞬間...「えっ全部見えてる?」ジムで遭遇…
  • 7
    中国はアメリカとの貿易戦争に勝てない...理由はトラ…
  • 8
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 9
    動揺を見せない習近平...貿易戦争の準備ができている…
  • 10
    【渡航注意】今のアメリカでうっかり捕まれば、裁判…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 3
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 4
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛…
  • 5
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 6
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 7
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 8
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    「低炭水化物ダイエット」で豆類はNG...体重が増えな…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story