コラム

「開戦」は5月下旬 けっして突然ではなかったカタール断交

2017年06月07日(水)12時10分

もともとサウジアラビアのメディアが英BBCのアラビア語放送を引き継ぐかたちでアラビア語のニュース・チャンネルをつくろうとしていたところ、カタルが横から入り込んで、ジャジーラを設立した経緯があり、しかも、そのジャジーラが周辺国にとって都合の悪い放送をすることで人気を得たため、サウジのみならず、同盟国のGCC(湾岸協力会議)諸国まで激怒させる結果となっていた(ちなみにアラビーヤはサウジがジャジーラに対抗するためにつくったニュース専門チャンネル)。

よくジャジーラを自由なメディアという人がいるが、もちろんそんなはずはなく、局員のなかには特定の政治的イデオロギー(有体にいえば、ムスリム同胞団)をもつものが少なくないし、何よりカタル現体制にとって都合の悪いことは一切いわない。

カタルの払った身代金10億ドルがテロ資金に?

たとえば、象徴的な事件が2015年にあった。わたしがちょうど出張でイラクにいっていたとき、その南部で鷹狩りをしていた首長家メンバーを含む多数のカタル人が何ものかに誘拐される事件が起き、イラクでも大きく報じられた。ちょうど、カタルに立ち寄る用事があったので、そこで外交官などに尋ねたら、誰も事件について知らなかったのである。

もちろん、当時も今も、イラクは危険地帯であり、そこで鷹狩りというのはさすがに体裁が悪いのか、ジャジーラを含め、カタルのメディアはしばらくこの件に関し沈黙を守っていた。

それが突然、今年の4月に全面解決する。カタル人らを捕えていたイラクのシーア派民兵組織、ヒズバッラー部隊が人質をイラク内務省に引き渡したのである。このときカタルは莫大な身代金――フィナンシャル・タイムズ(FT)紙によると、10億ドル(約1100億円)――を支払ったといわれている。

これだけみると、誘拐犯に身代金を支払っただけの単純な構図にみえるが、実際にはそう単純な話ではなかった。10億ドルのうち7億ドルはイランおよびイラクのシーア派民兵組織に渡り、残りの3億ドルは、かねてよりカタルとの関係を噂されていた、シリアのスンナ派武装組織、シャーム自由人やシャーム解放委員会に渡ったとされている。シャーム解放委員会は、アルカイダのシリア支部だったヌスラ戦線を母体とするグループで、公式にはアルカイダから離れたことになっているが、実際のところは不明である。

しかも、この金で、シリア政府およびスンナ派武装勢力はそれぞれが包囲していたシリア国内の都市の包囲を解除したともいわれている。当時、口の悪い専門家たちは、カタルは身代金の名目で大っぴらにテロ組織に資金提供を行ったと批判したものであった。

FT紙の記事によると、このカタルの身代金がイランに渡ったことが周辺国を激怒させたとしている。もちろん、仮に記事で述べられたことが事実なら、そうなのであろう。だが、近年のカタルの歴史を見てみると、けっしてそれだけとは思えない。

ちなみに、サウジアラビアのイスラーム――通称ワッハーブ派――が反シーア派なので、サウジアラビアとイランは仲が悪いといわれているが、実はカタルも首長家を含め、多くがワッハーブ派である。

カタル最大のモスクは2011年、わざわざワッハーブ派の祖の名前を取って、ムハンマド・ビン・アブドゥルワッハーブ・モスクと改称されたほどである。サウジアラビアはそれすら気に入らないらしく、今回の騒動のなかでモスクの名前を替えろとまで主張している。坊主憎けりゃ何とやらということであろうか。

【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガリニューアル!
 ご登録(無料)はこちらから=>>

プロフィール

保坂修司

日本エネルギー経済研究所理事・中東研究センター長。日本中東学会会長。
慶應義塾大学大学院修士課程修了(東洋史専攻)。在クウェート日本大使館・在サウジアラビア日本大使館専門調査員、中東調査会研究員、近畿大学教授等を経て、現職。早稲田大学客員教授を兼任。専門はペルシア湾岸地域近現代史、中東メディア論。主な著書に『乞食とイスラーム』(筑摩書房)、『新版 オサマ・ビンラディンの生涯と聖戦』(朝日新聞出版)、『イラク戦争と変貌する中東世界』『サイバー・イスラーム――越境する公共圏』(いずれも山川出版社)、『サウジアラビア――変わりゆく石油王国』『ジハード主義――アルカイダからイスラーム国へ』(いずれも岩波書店)など。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

台湾の頼次期総統、20日の就任式で中国との「現状維

ワールド

イスラエル軍、ガザ北部で攻勢強化 米大統領補佐官が

ワールド

アングル:トランプ氏陣営、本選敗北に備え「異議申し

ビジネス

日本製鉄副会長が来週訪米、USスチール買収で働きか
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 3

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバいのか!?

  • 4

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、…

  • 5

    「円安を憂う声」は早晩消えていく

  • 6

    チャールズ英国王、自身の「不気味」な肖像画を見た…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    中国のホテルで「麻酔」を打たれ、体を「ギプスで固…

  • 9

    時速160キロで走行...制御失ったテスラが宙を舞い、4…

  • 10

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 9

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story