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「開戦」は5月下旬 けっして突然ではなかったカタール断交
もともとサウジアラビアのメディアが英BBCのアラビア語放送を引き継ぐかたちでアラビア語のニュース・チャンネルをつくろうとしていたところ、カタルが横から入り込んで、ジャジーラを設立した経緯があり、しかも、そのジャジーラが周辺国にとって都合の悪い放送をすることで人気を得たため、サウジのみならず、同盟国のGCC(湾岸協力会議)諸国まで激怒させる結果となっていた(ちなみにアラビーヤはサウジがジャジーラに対抗するためにつくったニュース専門チャンネル)。
よくジャジーラを自由なメディアという人がいるが、もちろんそんなはずはなく、局員のなかには特定の政治的イデオロギー(有体にいえば、ムスリム同胞団)をもつものが少なくないし、何よりカタル現体制にとって都合の悪いことは一切いわない。
カタルの払った身代金10億ドルがテロ資金に?
たとえば、象徴的な事件が2015年にあった。わたしがちょうど出張でイラクにいっていたとき、その南部で鷹狩りをしていた首長家メンバーを含む多数のカタル人が何ものかに誘拐される事件が起き、イラクでも大きく報じられた。ちょうど、カタルに立ち寄る用事があったので、そこで外交官などに尋ねたら、誰も事件について知らなかったのである。
もちろん、当時も今も、イラクは危険地帯であり、そこで鷹狩りというのはさすがに体裁が悪いのか、ジャジーラを含め、カタルのメディアはしばらくこの件に関し沈黙を守っていた。
それが突然、今年の4月に全面解決する。カタル人らを捕えていたイラクのシーア派民兵組織、ヒズバッラー部隊が人質をイラク内務省に引き渡したのである。このときカタルは莫大な身代金――フィナンシャル・タイムズ(FT)紙によると、10億ドル(約1100億円)――を支払ったといわれている。
これだけみると、誘拐犯に身代金を支払っただけの単純な構図にみえるが、実際にはそう単純な話ではなかった。10億ドルのうち7億ドルはイランおよびイラクのシーア派民兵組織に渡り、残りの3億ドルは、かねてよりカタルとの関係を噂されていた、シリアのスンナ派武装組織、シャーム自由人やシャーム解放委員会に渡ったとされている。シャーム解放委員会は、アルカイダのシリア支部だったヌスラ戦線を母体とするグループで、公式にはアルカイダから離れたことになっているが、実際のところは不明である。
しかも、この金で、シリア政府およびスンナ派武装勢力はそれぞれが包囲していたシリア国内の都市の包囲を解除したともいわれている。当時、口の悪い専門家たちは、カタルは身代金の名目で大っぴらにテロ組織に資金提供を行ったと批判したものであった。
FT紙の記事によると、このカタルの身代金がイランに渡ったことが周辺国を激怒させたとしている。もちろん、仮に記事で述べられたことが事実なら、そうなのであろう。だが、近年のカタルの歴史を見てみると、けっしてそれだけとは思えない。
ちなみに、サウジアラビアのイスラーム――通称ワッハーブ派――が反シーア派なので、サウジアラビアとイランは仲が悪いといわれているが、実はカタルも首長家を含め、多くがワッハーブ派である。
カタル最大のモスクは2011年、わざわざワッハーブ派の祖の名前を取って、ムハンマド・ビン・アブドゥルワッハーブ・モスクと改称されたほどである。サウジアラビアはそれすら気に入らないらしく、今回の騒動のなかでモスクの名前を替えろとまで主張している。坊主憎けりゃ何とやらということであろうか。
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