「法と秩序」を掲げるトランプの恐怖戦術にだまされるな
ニューヨークの銃犯罪増加はほとんどがギャング間の抗争の結果だ SHANNON STAPLETON-REUTERS
<トランプが「取り戻す」と誓う大都市の「法と秩序」はそもそも崩壊していない>
ドナルド・トランプ大統領(と追随する共和党の政治家たち)が、ニューヨークは悪夢のようなディストピアになり果てたと主張している。その根拠は、今年6月の犯罪統計だ。昨年6月と比べて、ニューヨーク市の銃犯罪の件数は130%、殺人は30%、強盗は118%、自動車の盗難は51%増えたという。
トランプは11月の大統領選に向けて、「法と秩序」をスローガンの1つにしている。ニューヨークを含む全米の大都市は、民主党の政治家が首長を務めていることが多い。そこが荒廃しているということは、「民主党が市民を守れない証拠だ。トランプなら法と秩序を取り戻してやる」というわけだ。
それは、構造的な人種差別と、警察の黒人に対する暴力に抗議するデモ(と一部の騒乱)が全米に広がるなか、大統領の責任から大衆の目をそらす手段にもなっている。実際、この戦略は、一部有権者をトランプ支持に傾かせている兆しがある。
だが、賢人マーク・トウェインは言っている。「嘘には3種類ある。嘘、大嘘、統計だ」と。筆者はそこに、「恐怖は事実よりも私たちが信じることに影響を与える」という経験則を付け加えたい。
2001年9月11日に米同時多発テロが起きたとき、筆者はCIAで「高度尋問プログラム」に関わっていた。「高度尋問プログラム」とは拷問の婉曲表現だ。イスラム過激主義テロリストによって3000人ものアメリカ人が命を落としたのを見て、CIAでも報復を求める機運が強まった。
程なくして、筆者はある大物テロリストの尋問を任された。しかしこの人物は決定的な質問に答えなかった。それを本部に報告すると、「答えられないということは、嘘をついており、答えを知っている証拠だ」という返事がきた。そんなばかげた「分析」に、筆者は納得がいかなかった。それを本部に伝えると、今度は、本部のアセスメントに文句を付けるということは、筆者が「テロ」に対して「生ぬるい」証拠だと言われた。
このような思考回路がCIAにさえあったことを考えると、恐怖をあおられた一部有権者が、トランプの主張を受け入れるようになったとしても驚きではない。
だが、事実が物語るニューヨークは、トランプが語る「社会秩序が崩壊して、犯罪が蔓延するニューヨーク」とは異なる。
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