アメリカのシンクタンクが世界を動かす力を持つ理由
ホワイトハウスの北側に大使館とシンクタンクが立ち並ぶ一角が CAROL M. HIGHSMITH-BUYENLARGE/GETTY IMAGES
<第1次大戦後から今日まで、ホワイトハウスと米議会のブレーンとして絶大な力を振るってきた民間政策集団であるシンクタンク。いつ、どのように生まれたのか。どんな力を持つのか。本誌「シンクタンク大研究」特集より>
首都ワシントンの中心部からマサチューセッツ通りに車を走らせ、海軍天文台内にある副大統領公邸の方に向かうと、最初のうちは通り沿いに7階から10階建てのビルが並んでいる。第二次大戦後のアメリカの機能主義をうかがわせる建物群で、政府機関の入る壮麗な建物と比べると、いささか殺風景なたたずまいだ。
やがて車窓には威風堂々たる大邸宅が見えてくる。南北戦争後のいわゆる「金ぴか時代」に富豪たちが暮らした邸宅で、今では各国の大使館が入居している。そう、この辺りが有名な「大使館通り」だ。
実はマサチューセッツ通りは「シンクタンク通り」の異名も持つ。機能主義的なビルや広壮な邸宅には、カーネギー国際平和財団やブルッキングス研究所などワシントンの最も影響力ある非政府機関も入居しているからだ。
これらの機関は政府機関と入り組んだ共生関係を築き、互いに熾烈な競争を繰り広げつつ、米政府の政策とアメリカの世論形成に絶大な力を振るっている。戦争と平和から税率や生死まで、あらゆる事柄に影響力を行使しているのだ。
今やシンクタンクは世界中で公共政策の形成に不可欠な存在だが、もとはといえば、いかにもアメリカ的な価値観や理念の産物だ。すなわちカネ、理想主義、徹底した現実主義、そして政府よりも個人が社会の問題を解決すべきだという信念である。
「泥棒男爵」がつくった組織
シンクタンクはまた、鉄鋼や鉄道など巨大産業の産物でもある。アメリカの産業革命は金ぴか時代の大富豪たち、いわゆる「泥棒男爵」を生んだ。シンクタンク通りの大邸宅に暮らしていたのは彼らだ。この時代に蓄積された富のおかげで、19世紀後半にアメリカは世界の列強に仲間入りし、米政府は国際社会で大きな発言力を持つようになった。
しかし19世紀前半にアメリカを旅したフランスの政治思想家アレクシス・ド・トクビルがいち早く見抜いていたように、アメリカ人は社会問題を政府の施策ではなく、民間のイニシアチブで解決しようとする。
1910年、当時世界一の富豪だったアンドルー・カーネギーがアメリカで最初のシンクタンクを設立したのもそのためだ。「余剰の富は社会を豊かにするために使う」べきと考えていた彼は、知識を広め、教育を振興すべく全米に1700近い図書館を設立。マサチューセッツ通りにシンクタンクを創設した。
その6年後、カーネギーの友人で、やはり理想に燃える大富豪のロバート・ブルッキングスも自分の名を冠したブルッキングス研究所を設立。今やこの研究所は世界で最も影響力を持つシンクタンクになっている。
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