コラム

米朝首脳ハノイ会談はトランプの完敗だ

2019年03月07日(木)17時10分

しかし、私の見立ては違う。核放棄と制裁解除の順番はあくまで二次的問題であり、問題の根本には1つの現実がある。

北朝鮮にとって、核兵器は独立維持と米軍の侵攻を防ぐための切り札であり、それこそ米軍の朝鮮半島からの全面撤退でもない限り、核開発能力の放棄はあり得ない。個人的には、その場合でも核放棄に応じる可能性は小さいと考えている。北朝鮮は、核兵器こそ国家独立の要だと信じているからだ(その信念はおそらく正しい)。

茶番劇から学ぶべきこと

トランプが突然席を立ったことで北朝鮮はメンツをつぶされたのか。私が思うに、北朝鮮が今回の首脳会談で得たものは、トランプの無作法な振る舞いによる屈辱よりはるかに大きい。

では、日本はどうか。日本の安全保障は米朝の話し合いに直接影響されるにもかかわらず、ハノイ会談の前、日本はトランプの眼中にほとんど入っていなかったように見える。

今回の結果は、日本にとっていくらか慰めになるかもしれない。トランプが日本政府だけでなく、自国の国務省や軍、情報機関の言葉にも耳を貸さないことが改めて浮き彫りになったからだ。トランプに対して効果がなかったのは、安倍晋三首相のゴルフ同伴やノーベル平和賞推薦だけではなかったようだ。

トランプと金のハノイでの茶番劇は、アメリカ文学史上屈指の名作『ハックルベリー・フィンの冒険』に登場する2人のあさましい人物、「王様」と「公爵」を思い出させる。

逃亡奴隷のジムと一緒にミシシッピ川を下る旅に出たハックルベリー・フィンは、嘘つきでペテン師の「王様」と「公爵」(ともに自称)に出会い、だまされて痛い目に遭う。この2人は、人をだましてカネを巻き上げることしか考えていない。

トランプも北朝鮮問題で韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領の期待に応えなかった。一方の金は、自国を国際社会の一員として認めさせようと企て、まんまとそれに成功した。

ハックルベリー・フィンはペテン師や悪党などとの出会いを通じてさまざまなことを学び、成長していく。それと同じように、アメリカと韓国と日本の国民も、今回の経験を経て少しは賢くなったかもしれない。トランプが約束を守るつもりがないこと、そして北朝鮮が少なくとも当分は核兵器を手放さないことがよく分かっただろう。

<本誌2019年03月12日号掲載>

※3月12日号(3月5日発売)は「韓国ファクトチェック」特集。文政権は反日で支持率を上げている/韓国は日本経済に依存している/韓国軍は弱い/リベラル政権が終われば反日も終わる/韓国人は日本が嫌い......。日韓関係悪化に伴い議論が噴出しているが、日本人の韓国認識は実は間違いだらけ。事態の打開には、データに基づいた「ファクトチェック」がまずは必要だ――。木村 幹・神戸大学大学院国際協力研究科教授が寄稿。

プロフィール

グレン・カール

GLENN CARLE 元CIA諜報員。約20年間にわたり世界各地での諜報・工作活動に関わり、後に米国家情報会議情報分析次官として米政府のテロ分析責任者を務めた

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