コラム

ナイキCMへ批判殺到の背景にある「崇高な日本人」史観

2020年12月03日(木)21時00分

このような厳然たる事実を以てしても、ナイキPR動画への反発は止まることを知らない。「日本には欧米のような人種差別問題は極めて少ない~」という彼らの主張は、ナイキPR動画への反発の主軸を占めるに至っていると観測する。最終的に筆者は、こういったナイキCMへの反発の声が主に日本国内における「ネット右翼」から発せられている点を鑑み、彼らの思想背景を次のように結論する。

1)ネット右翼は私の調査・研究の通り概ね「中産階級・高学歴」であり、であるからこそ順法精神が高く、不道徳な行い、反社会的な行為を嫌う傾向がある

2)1)の如くネット右翼はいわば比較的恵まれた環境の中で育ち、恵まれた環境で温和で同質的なコミュニティの中で生きてきたので、元来「他民族を差別をする」という概念が、事実であってもその認識に於いて希薄である

3)2)に述べたように、実際に彼らは民族差別を行っているが、それは「日本社会における秩序の維持・回復」に眼目が置かれており、それが差別だという認識は無い(差別を区別と言い張る)

という、3点に尽きる。つまりナイキCMに反発するネット右翼層は「中産階級の温室育ちで、異質な他者との共存や、それによって起こる摩擦をあまり経験してこなかった"社会的優等生"」であり、それが故に欧米の人種差別問題と日本でのそれが同一にされることを嫌う。

つまり彼らは、その出自が社会的に優遇された中産階級の出身者によって寡占され、過酷な差別や民族対立を身近で感じてこなかったからこそ、「日本社会には人種差別は少ない」と言い切れるのである。これは彼らのいわば「温室育ち」に依拠する実体験がそうさせている。これが論拠に、おおむねネット右翼はタトゥーや反社会的な団体とのつながりを殊更禁忌し、「反日的」と言い換えている。驚くべきことに、私の実体験で言えば、ネット右翼層には所謂「お嬢様」育ちや「お坊ちゃん」育ちの優等生が多い。しかし実際は、そういった差別などの不道徳が、自ら及びその周辺で行われているという事実を完全に無視している。その無視の理由とは、「崇高な日本人」史観に代表される「日本人こそ世界で最も崇高で道徳的な民族である」という歪んだ思想が背景にある。

ナイキCM問題は、単なる世界的大企業のPR動画への反発では済まない、日本の保守層やネット右翼に地下茎のように張り巡らされた「崇高な日本人」史観をあぶり出しているように思える。これを解消しない限り、日本に居住する他民族への圧迫や差別は平然と「差別でなく区別」と正当化されて継続されるだろう。そしてこのような、「日本人こそ世界で最も崇高で道徳的な民族である=日本に差別などない」という主張を主眼とした書籍や雑誌が、書店で平然と平積みされているとき、私たちはナイキPR動画の持つ意味の重さを痛切に感じざるを得ない。

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

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プロフィール

古谷経衡

(ふるや・つねひら)作家、評論家、愛猫家、ラブホテル評論家。1982年北海道生まれ。立命館大学文学部卒業。2014年よりNPO法人江東映像文化振興事業団理事長。2017年から社)日本ペンクラブ正会員。著書に『日本を蝕む極論の正体』『意識高い系の研究』『左翼も右翼もウソばかり』『女政治家の通信簿』『若者は本当に右傾化しているのか』『日本型リア充の研究』など。長編小説に『愛国商売』、新著に『敗軍の名将』

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