コラム

「逆立ちで月面着陸」の原因が判明! 総括会見で明かされたSLIMプロジェクトの最終評価と今後の展望

2024年12月27日(金)21時50分

2.なぜ「逆立ち状態」で着陸したのか

SLIMは着陸中、月面から高度50メートル付近でトラブルが発生し、2つのメインエンジンのうち片方(マイナスX側メインエンジン)のノズルが脱落し、推力が約55%まで落ちました。その結果、SLIMは目標地点から東に約60メートル流され、予定では上側だった部分を下にした「逆立ち」状態で着陸しました。

今回の総括会見で、坂井マネージャは「トラブルはメインエンジンそのものが原因ではなく、推進系システムに由来する可能性が高い」と、調査結果を説明しました。

SLIMは「これまでに月着陸に成功したものでは、おそらく最軽量の探査機」(坂井マネージャ)であるため、軽量化のために「攻めた設計が行われた」(同)と言います。その中には「ブローダウン方式」と呼ばれる、通常の月探査機では使われていない燃料供給方法もありました。

ブローダウン方式とは、燃料の消費と共に徐々にエンジンへの燃料供給圧力が低下していく方式を指します。一般に探査機では、気蓄機や調圧装置を用いて供給圧を一定に保つ「調圧方式」を採用しますが、必要な装置が多いため探査機が重くなってしまいます。

トラブルは、SLIMが分離されてから着陸までの総噴射のうち約98%を終えた時点で起こりました。つまり、発生時の燃料供給圧はもともとかなり低下していました。そこに着陸に向けたメインエンジン噴射開始のタイミングと姿勢制御のための12個の補助スラスターの噴射開始が重なり、メインエンジンへの供給圧はさらに低下しました。

その結果、2基同時に着火するはずのメインエンジンのうち、マイナスX側はこのタイミング着火できず、供給された燃料はエンジン内に滞留してしまいました。約1秒後、補助スラスターが一斉に噴射を停止すると、メインエンジンへの燃料供給圧が回復し、マイナスX側メインエンジンは着火することができました。けれど滞留していた燃料にも引火した結果、過大な"着火衝撃"が生じてノズルが脱落してしまったとのことです。

このトラブルは複数回行われた地上試験では認められませんでした。坂井マネージャは「総噴射の98%まで正常だったということは、そもそもあまり起こらない事象と考えられる。試験は大気圧下で行うので、月という真空環境との違いもあったのかもしれない」と分析しています。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト/博士(理学)・獣医師。東京生まれ。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第 24 回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

プーチン氏、旅客機墜落でアリエフ大統領に謝罪 防空

ワールド

米債務上限、来年1月半ばにも到達 議会は行動を=財

ワールド

トランプ氏、最高裁にTikTok規制発効の延期求め

ワールド

アングル:メキシコ大統領が麻薬組織対応に軍動員、ト
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2025
特集:ISSUES 2025
2024年12月31日/2025年1月 7日号(12/24発売)

トランプ2.0/中東&ウクライナ戦争/米経済/中国経済/AI......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ヨルダン皇太子一家の「グリーティングカード流出」が話題に...「イマン王女が可愛すぎる」とファン熱狂
  • 2
    流石にこれは「非常識」?...夜間フライト中に乗客が撮影した「ある写真」にSNSでは議論白熱 どちらが正しい?
  • 3
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリスマストイが「誇り高く立っている」と話題
  • 4
    イースター島で見つかった1億6500万年前の「タイムカ…
  • 5
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 6
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 7
    水面には「膨れ上がった腹」...自身の倍はあろう「超…
  • 8
    「弾薬庫で火災と爆発」ロシア最大の軍事演習場を複…
  • 9
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたま…
  • 10
    【クイズ】「ATM」は何の略?
  • 1
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 2
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊」の基地で発生した大爆発を捉えた映像にSNSでは憶測も
  • 3
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3個分の軍艦島での「荒くれた心身を癒す」スナックに遊郭も
  • 4
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
  • 5
    ウクライナの逆襲!国境から1000キロ以上離れたロシ…
  • 6
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 7
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 8
    9割が生活保護...日雇い労働者の街ではなくなった山…
  • 9
    ヨルダン皇太子一家の「グリーティングカード流出」…
  • 10
    なぜ「大腸がん」が若年層で増加しているのか...「健…
  • 1
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 2
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が明らかにした現実
  • 3
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊」の基地で発生した大爆発を捉えた映像にSNSでは憶測も
  • 4
    ロシア兵「そそくさとシリア脱出」...ロシアのプレゼ…
  • 5
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    半年で約486万人の旅人「遊女の数は1000人」にも達し…
  • 8
    「炭水化物の制限」は健康に問題ないですか?...和田…
  • 9
    ミサイル落下、大爆発の衝撃シーン...ロシアの自走式…
  • 10
    コーヒーを飲むと腸内細菌が育つ...なにを飲み食いす…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story