コラム

植物で「より母乳に近い粉ミルク」の大量生産が可能に? 新たなHMO生産法が大人にも「朗報」なワケ

2024年06月21日(金)21時15分

とはいえ、HMO含有商品の歴史は浅く、HMOのうち母乳にもっとも多く含まれる2'-fucosyllactose(2'-FL)やLacto-N-neo-tetraose(LNnT)を添加した高級粉ミルクが2017年頃から欧米や一部のアジア諸国で販売されたのが最初のようです。

20年にキリングループ傘下の協和発酵バイオが行った調査では、世界の粉ミルクのうちHMOが含まれているものは19年時点で6%でした。しかし、22年から27年には年20~30%の平均成長率が見込まれると算出する研究者もいます。

国産のHMO含有粉ミルクはまだ大量生産されていませんが、2000年に世界初の発酵法を用いたHMO大量生産技術を開発した協和発酵バイオが22年11月にタイに生産工場を完成させたことから、今後を期待されています。

主要な3グループすべてを含む11種のHMOを同時生産

今回、カリフォルニア大グループが発表したHMO生産法は、これまでの化学合成法や発酵法とは異なり、植物を使って大量に製造するものです。

論文の責任筆者であるバークレー校・イノベーティブゲノミクス研究所のパトリック・シー博士は、「植物は、太陽光と二酸化炭素から糖を作れる驚異的な生物です。しかも、単純糖から複合糖まで多種多様な糖を生成できるので、この糖代謝の基礎システムを応用してHMOを生成してみようと考えました」と大学の研究広報ニュースで語っています。

研究チームは、遺伝子工学の実験によく用いられる植物「ベンサミアナタバコ」を使って、HMOの生成を試みました。

HMOに特徴的なのは、単純な糖を材料にして複雑な分子構造を作る時に使われる特別な結合様式(グリコシド結合)です。これまでの研究から、この特別な結合には特定の酵素(グリコシルトランスフェラーゼ)が関わっていることが分かっています。

そこで研究者たちは、ベンサミアナタバコを遺伝子操作して、HMOになるための結合を司る酵素が発現できるようにしました。

その結果、11種のHMOを同時に生産することに成功しました。しかも、これらにはHMOの主要な3グループ(中性HMO、フコシル化HMO、酸性HMO)すべてが含まれていました。

「私の知る限り、3 グループすべてのHMOを単一の生物で同時に作れることを実証した人はいません」と、筆頭筆者で研究当時は大学院生だったコリン・バーナム氏は話しています。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト/博士(理学)・獣医師。東京生まれ。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第 24 回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

日経平均は反落、米景気不安で一時3万6000円割れ

ワールド

モスクワに過去最大の無人機攻撃、1人死亡 航空機の

ビジネス

スイスが過剰規制ならUBSは国外撤退も、銀行協会が

ワールド

米でイスラム教徒差別など増、報告件数が過去最多=権
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本人が知らない 世界の考古学ニュース33
特集:日本人が知らない 世界の考古学ニュース33
2025年3月18日号(3/11発売)

3Dマッピング、レーダー探査......新しい技術が人類の深部を見せてくれる時代が来た

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】アメリカを貿易赤字にしている国...1位は中国、2位はメキシコ、意外な3位は?
  • 2
    うなり声をあげ、牙をむいて威嚇する犬...その「相手」を知ってネット爆笑
  • 3
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやステータスではなく「負債」?
  • 4
    スイスで「駅弁」が完売! 欧州で日常になった日本食、…
  • 5
    ラオスで熱気球が「着陸に失敗」して木に衝突...絶望…
  • 6
    「中国の接触、米国の標的を避けたい」海運業界で「…
  • 7
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」…
  • 8
    メーガン妃が「菓子袋を詰め替える」衝撃映像が話題…
  • 9
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアで…
  • 10
    「汚すぎる」...アカデミー賞の会場で「噛んでいたガ…
  • 1
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 2
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやステータスではなく「負債」?
  • 3
    メーガン妃が「菓子袋を詰め替える」衝撃映像が話題に...「まさに庶民のマーサ・スチュアート!」
  • 4
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」…
  • 5
    アメリカで牛肉さらに値上がりか...原因はトランプ政…
  • 6
    イーロン・マスクの急所を突け!最大ダメージを与え…
  • 7
    【クイズ】アメリカを貿易赤字にしている国...1位は…
  • 8
    うなり声をあげ、牙をむいて威嚇する犬...その「相手…
  • 9
    「これがロシア人への復讐だ...」ウクライナ軍がHIMA…
  • 10
    「コメが消えた」の大間違い...「買い占め」ではない…
  • 1
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 4
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 8
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 9
    細胞を若返らせるカギが発見される...日本の研究チー…
  • 10
    メーガン妃が「菓子袋を詰め替える」衝撃映像が話題…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story