コラム

高校生に学術論文が書ける? 悠仁さま「トンボ論文」に向けられた「不公平」批判について考える

2023年12月26日(火)19時00分

今回の論文は、考察で「赤坂御用地で確認されたトンボは止水性の環境(池など)に生息するものがほぼすべてであり、流水性の種に乏しいことは周囲の緑地のトンボ相と同じである。そのため、流水性の種の飛翔分散による外部からの侵入が限られる」と指摘したり、「今回、新たに発見された種について、国内での分布拡大、一過性の飛来、赤坂御用地の環境変化など種ごとに要因を検討」したりするなど、手厚い議論が展開されています。

率直に言って「高校生が初めて書いた論文にしては立派すぎる」感はあるのですが、悠仁さまが共同研究者とともに討論をした結果を文章に落とし込んだとすれば、不思議ではありません。

熱意のある高校生ならば、適切な指導を受ければ適当な学術出版物に論文を書くことは可能だとして、「普通の高校生であれば、論文執筆・掲載の機会は得られない」という批判もあります。

確かに最近は、地域の高大連携やオープンキャンパスでの研究体験などが増えましたが、成果を学術論文としてまとめて発表する機会まで得られる高校生はほとんどいません。市民科学分野などで、意欲のある非専門家はデータの収集だけでなく、分析や論文執筆にも貢献できるような訓練を積める仕組み作りも必要かもしれません。

「トンボ愛」は本物

今回の悠仁さまのトンボのデータは、かつて国立科学博物館の研究者が同じ場所で調査をしており、空白期間を埋めるような貴重なものだったので、共同研究者らもとりわけ「この調査結果を是非とも世に出したい」と考えたのでしょう。

皇族だから普通の高校生には入れない特殊な場所のデータを集められた、専門家とのコネクションを結びやすい立場だったことに、不公平さを感じる人はいるかもしれませんが、悠仁さまがトンボに興味を持ってくれたからこそ、通常では調査できないフィールドでの生態が明らかになったと言え、そこに価値があります。

悠仁さまへの「不公平さ」は、恵まれた研究環境を羨む人よりも、「この学術論文を使えば、難関大学の推薦入試枠に合格できるだろう。そのために今の時期に論文掲載を狙ったのではないか」と受験の切り札と考える人が、いっそう感じているようです。

現時点では志望校は確定していませんし、受験方法は一般入試なのか推薦入試なのかも分かりません。さらに、悠仁さまがトンボの研究を今後も続けたいとしたら、すでに助言をもらったり共同研究したりできる研究者を得ているのですから、どの大学に入ったとしても幸せなトンボ研究ライフは送れそうです。

トンボ論文の掲載と同じ頃、修学旅行に参加した悠仁さまは、旅行のしおりに「昼に時間があればトンボ見たい」とコメントされていたと言います。「トンボ愛」は受験の成果作りのためではない「本物」であることがうかがえるからこそ、周囲も国民も先回りし過ぎず、見守りたいですね。

20241203issue_cover150.png
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2024年12月3日号(11月26日発売)は「老けない食べ方の科学」特集。脳と体の若さを保ち、健康寿命を延ばす最新の食事法。[PLUS]和田秀樹医師に聞く最強の食べ方

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト/博士(理学)・獣医師。東京生まれ。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第 24 回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

NZ中銀、政策金利0.5%引き下げ 追加緩和を示唆

ワールド

中国工業部門利益、10月は前年比10%減 需要低迷

ビジネス

米アムジェンの肥満症薬、試験結果が期待に届かず

ビジネス

豪上院委員会、16歳未満のソーシャルメディア禁止法
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:老けない食べ方の科学
特集:老けない食べ方の科学
2024年12月 3日号(11/26発売)

脳と体の若さを保ち、健康寿命を延ばす──最新研究に学ぶ「最強の食事法」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    寿命が5年延びる「運動量」に研究者が言及...40歳からでも間に合う【最新研究】
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    リュックサックが更年期に大きな効果あり...軍隊式トレーニング「ラッキング」とは何か?
  • 4
    放置竹林から建材へ──竹が拓く新しい建築の可能性...…
  • 5
    「健康食材」サーモンがさほど健康的ではない可能性.…
  • 6
    こんなアナーキーな都市は中国にしかないと断言でき…
  • 7
    早送りしても手がピクリとも動かない!? ── 新型ミサ…
  • 8
    トランプ関税より怖い中国の過剰生産問題
  • 9
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 10
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたま…
  • 1
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 4
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 5
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 6
    寿命が5年延びる「運動量」に研究者が言及...40歳か…
  • 7
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたま…
  • 8
    「ダイエット成功」3つの戦略...「食事内容」ではな…
  • 9
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 10
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 7
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 8
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大き…
  • 9
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 10
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story