コラム

気象予報AIはスパコンの天気予報より優秀? Google関連会社の10日間予報が精度とスピードで圧倒

2023年11月24日(金)15時55分

天気予報は、20世紀半ばにコンピューターによる「数値天気予報」が取り入れられて以来、コンピューターの性能向上とともに発展していきました。

天気は、大気の状態の結果として現れます。大気の状態は気温、気圧、風速、風向、湿度などの数値で表すことができ、これらは流体力学などの物理法則に基づいて時間とともに変化します。なので、観測したデータを物理方程式に入れて時間を未来に設定して計算すれば、未来の大気状態が現れるはずです。これが「数値天気予報」です。

コンピューターの発明前は、この数値計算を手計算で行っていました。イギリスのルイス・フライ・リチャードソンは1920年頃、世界初の数値天気予報に挑戦しました。ヨーロッパをおよそ200キロメートル間隔の格子に分割して、それぞれの地点の大気の状態の数値データを使って1910年5月20日午前4時から6時間後の大気の状態を予測しました。

けれど、計算に1カ月以上かかったにもかかわらず、結果は「ヨーロッパの大気圧は6時間で145ヘクトパスカル変化する」という非現実的(※)なもので、試みは失敗に終わりました。

※たとえば、日本の平均気圧は約1013ヘクトパスカル、日本に上陸した過去最大級の台風である伊勢湾台風(1959年)の最低気圧が約895ヘクトパスカル。

リチャードソンは、後に「6万4千人が大きなホールに集まり、一人の指揮者の元で整然と計算を行えば、実際の時間の進行と同程度の速さで予測計算を実行できる」と語りました。この言葉は、数値天気予報の未来を信じる人たちに「リチャードソンの夢」と呼ばれ、語り継がれています。

気象庁は1959年から数値天気予報を開始

コンピューターは第2次世界大戦中に開発が進みましたが、軍事機密だったため公表されませんでした。そこで46年に発表されたアメリカのENIACが、世界初の汎用電子式コンピューターと記録されています。ENIACでは性能を確かめるために、早速「数値天気予報」の実験が行われました。企画したのは「現代型コンピューターの父」である数学者のフォン・ノイマンです。世界初のコンピューターによる数値天気予報は、50年に見事成功しました。

50年代は、各国で急速にコンピューターによる数値天気予報の導入が進みました。54年に世界で初めてスウェーデンで業務として数値天気予報が行われると、55年にはアメリカ、59年には日本と旧ソ連でも始まりました。

このとき気象庁で使用したIBM704は、日本の官公庁に初めて導入された大型汎用電子式コンピューターです。59年の日本気象学会では「人間が卓上計算機を使うと63日9時間48分44秒かかる数値計算は、IBM704ならば2分22秒でできる推定だ。とすれば、48時間予報は2時間7分50秒で計算できる」との報告がありました。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト/博士(理学)・獣医師。東京生まれ。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第 24 回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、1カ月半内にサウジ訪問か 1兆ドルの対

ビジネス

デフレ判断の指標全てプラスに、金融政策は日銀に委ね

ワールド

米、途上国の石炭からのエネルギー移行支援枠組みから

ビジネス

トランプ氏、NATO加盟国「防衛しない」 国防費不
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
2025年3月11日号(3/ 4発売)

ジャンルと時空を超えて世界を熱狂させる新時代ピアニストの「軌跡」を追う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 2
    「コメが消えた」の大間違い...「買い占め」ではない、コメ不足の本当の原因とは?
  • 3
    113年間、科学者とネコ好きを悩ませた「茶トラ猫の謎」が最新研究で明らかに
  • 4
    著名投資家ウォーレン・バフェット、関税は「戦争行…
  • 5
    一世帯5000ドルの「DOGE還付金」は金持ち優遇? 年…
  • 6
    強まる警戒感、アメリカ経済「急失速」の正しい読み…
  • 7
    イーロン・マスクの急所を突け!最大ダメージを与え…
  • 8
    定住人口ベースでは分からない、東京23区のリアルな…
  • 9
    テスラ大炎上...戻らぬオーナー「悲劇の理由」
  • 10
    34年の下積みの末、アカデミー賞にも...「ハリウッド…
  • 1
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 2
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 3
    イーロン・マスクへの反発から、DOGEで働く匿名の天才技術者たちの身元を暴露する「Doxxing」が始まった
  • 4
    アメリカで牛肉さらに値上がりか...原因はトランプ政…
  • 5
    ニンジンが糖尿病の「予防と治療」に効果ある可能性…
  • 6
    「浅い」主張ばかり...伊藤詩織の映画『Black Box Di…
  • 7
    イーロン・マスクの急所を突け!最大ダメージを与え…
  • 8
    「コメが消えた」の大間違い...「買い占め」ではない…
  • 9
    「絶対に太る!」7つの食事習慣、 なぜダイエットに…
  • 10
    ボブ・ディランは不潔で嫌な奴、シャラメの演技は笑…
  • 1
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 2
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 3
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 8
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 9
    細胞を若返らせるカギが発見される...日本の研究チー…
  • 10
    イーロン・マスクへの反発から、DOGEで働く匿名の天…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story