コラム

注射するだけで避妊効果、手術は不要──ネコの遺伝子治療成功の意義と問題点

2023年06月13日(火)18時20分

とは言っても、手軽で技能がいらず、費用がかからない「不妊注射」は、良いことばかりではないかもしれません。

まず危惧されるのは、この注射は筋肉に打てば効果があることです。静脈注射とは異なり、訓練を受けていない素人が当てずっぽうに打っても、薬液は人体に注入され、筋細胞はAMHを生産するでしょう。ヒト用が開発されたら、厳重な管理かつ効能持続時間を短縮しておかないと、通りすがりや満員電車で女性に対する不妊無差別テロが起きる可能性があるかもしれません。

ペピン氏は最近、ヒトの避妊にAMHを応用する会社を共同設立しましたが、「ヒトの場合は遺伝子技術を使って体内で生産させるのではなく、ホルモンとして直接注射する」と説明します。ホルモンであれば一定期間で効果は消え、避妊状態から通常状態に戻せるからです。

人類の長い歴史の中で、女性は思いがけない妊娠によって人生計画の立て直しが強いられる場面が、男性よりも多くあったかもしれません。人生をコントロールできる手段が増えるのは喜ばしいことですが、個人や社会に対するリスクの評価と管理を万全にしてから世の中に出回ってほしいですね。

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プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト/博士(理学)・獣医師。東京生まれ。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第 24 回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)など。

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