コラム

シジミ汁の白く濁る理由がついに解明された!

2022年10月18日(火)11時20分

シジミが肝臓機能の亢進(こうしん)と結びつけられるのは、オルニチンやメチオニン、シスチン、タウリンなどを多く含んでいるからとされます。もっとも、国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所の「健康食品の安全性・有効性情報」のウェブページでは、「有効性は、人においては信頼できる十分な情報が見当たらない」「安全性は、鉄過剰を起こしやすいC型肝炎患者は、鉄を豊富に含むシジミはむしろ避けるべき」と記述されています。

白濁の原因はトロポミオシン

古くから信じられていたシジミの効能が、国の基準では「科学的にはまだ確証を得ていない」という判断になることは意外かもしれません。同様に、シジミを水に入れて熱すると白いスープが得られることは食べたことがある人にとっては当然と思われていそうですが、科学的には解明されていませんでした。

これまでは、シジミに多く含まれている旨味成分の一つであるコハク酸が水に溶けにくい性質を持つことから、「溶けきれなくなったコハク酸が原因で白濁しているのではないか」などの予想がありました。けれど、コハク酸は冷水には溶けにくいものの熱水にはよく溶けるので、辻褄が合いませんでした。

白い液体は一般に、液体中の小粒子によって光が散乱することで白色に見えています。この粒子は適度な大きさであることが必要です。たとえば、牛乳ではタンパク質カゼインにカルシウムが結びついて、平均直径が約200ナノメートルの小粒子を作っています。豚骨スープでは、骨髄や皮などのタンパク質コラーゲンが熱を加えられてゼラチンとなり、脂分を包み込むことで、同程度の大きさの小粒子を作っています。

今回、島根大のチームは、筋収縮の調節をする働きで知られているタンパク質のトロポミオシンが白濁の原因であることを突き止めました。

研究では、まず白濁の原因物質の大きさを調べました。シジミ汁の中の粒子は、大きさが100キロダルトン(統一原子質量単位)以上であることが分かりました。分子量の大きい物質が検出されると、まず、タンパク質が疑われますが、この大きさはタンパク質としても大きい部類です。

ただし、タンパク質は熱で変性しますし、280ナノメートルの波長の光(紫外線)を吸収する性質があります。熱いシジミ汁でも白濁していること、280ナノメートルの紫外線を吸収しないことから、白濁の原因はタンパク質とは考えにくい状況でした。

ところが、タンパク質の分離・検出ができる電気泳動装置によってシジミ汁にはタンパク質が含まれていることが分かり、詳しく分析するとトポロミオシンが検出されました。また、牛乳や豚骨スープとは異なり、トロポミオシンはイオンや脂質とは結びついていないことも複数の質量分析法を用いて分かりました。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト/博士(理学)・獣医師。東京生まれ。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第 24 回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

仏当局、ディープシークに質問へ プライバシー保護巡

ビジネス

ECB総裁、チェコ中銀の「外貨準備にビットコイン」

ビジネス

米マスターカード、第4四半期利益が予想上回る 年末

ワールド

米首都近郊の旅客機と軍ヘリの空中衝突、空域運用の課
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ革命
特集:トランプ革命
2025年2月 4日号(1/28発売)

大統領令で前政権の政策を次々覆すトランプの「常識の革命」で世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 2
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 3
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
  • 4
    今も続いている中国「一帯一路2.0」に、途上国が失望…
  • 5
    東京23区内でも所得格差と学力格差の相関関係は明らか
  • 6
    ピークアウトする中国経済...「借金取り」に転じた「…
  • 7
    空港で「もう一人の自分」が目の前を歩いている? …
  • 8
    DeepSeekショックでNVIDIA転落...GPU市場の行方は? …
  • 9
    トランプのウクライナ戦争終結案、リーク情報が本当…
  • 10
    血まみれで倒れ伏す北朝鮮兵...「9時間に及ぶ激闘」…
  • 1
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 2
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果が異なる【最新研究】
  • 3
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 4
    緑茶が「脳の健康」を守る可能性【最新研究】
  • 5
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
  • 6
    DeepSeekショックでNVIDIA転落...GPU市場の行方は? …
  • 7
    血まみれで倒れ伏す北朝鮮兵...「9時間に及ぶ激闘」…
  • 8
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 9
    煩雑で高額で遅延だらけのイギリス列車に見切り...鉄…
  • 10
    日鉄「逆転勝利」のチャンスはここにあり――アメリカ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のアドバイス【最新研究・続報】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 5
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 6
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 7
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 8
    中国でインフルエンザ様の未知のウイルス「HMPV」流…
  • 9
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
  • 10
    戦場に「杖をつく兵士」を送り込むロシア軍...負傷兵…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story