コラム

「世界最古」の山火事と「過去最悪」の最新事情、山火事発生の原因に見る日本の特殊性

2022年06月28日(火)11時30分
トルコの山火事

トルコは昨夏、過去20年間の火災被害の総面積を上回る規模の山火事に見舞われた(2021年7月29日、トルコ南部マナウガト) Kaan Soyturk-REUTERS

<4億3000万年前の山火事の痕跡から何が分かるのか。なぜ世界各地で毎年のように大規模火災が発生するのか。日本の山火事の傾向とは>

米コルビー大の研究チームは、4億3000万年前の世界最古の山火事の痕跡がイギリス南西部にある2カ所の炭鉱から検出されたと発表しました。当時は古生代シルル紀(約4億4370万年前から約4億1600万年前)で、生物が海から陸上へと進出し始めた時期です。

シルル紀には最古の陸生植物が出現しました。けれど、繁殖地域は水場に限定され、大陸内部の乾燥した地域には植物は群生していなかったと考えられています。

山火事の痕跡には、当時の地球環境を推測するヒントが残されていました。

この時代は樹木のような大型植物はまだ生息しておらず、「プロトタキシーテス」と呼ばれる直径約1メートル、高さ約9メートルまで成長する菌類が陸地最大の生物でした。今回の調査では、4億3000万年前の「焦げたプロトタキシーテス」が炭鉱から見つかりました。

人類の祖先である猿人が誕生したのは約600万~500万年前、火を起こす方法を知ったのは原人で約50万~40万年前と考えられているので、自然発火の山火事であることは間違いありません。山火事が存在するためには、発火源(今回は落雷と想定)、燃料(プロトタキシーテス)、燃焼するための十分な酸素が必要です。

火が伝播して木炭の堆積物を残せたことから、当時の地球大気中には酸素が少なくとも16%は含まれていたと研究者は考えています。現代の大気中の酸素レベルは21%ほどです。山火事が起きた4億3000万年前の酸素レベルは現在を超えていた可能性もあり、生命の進化について新たな示唆が得られるかもしれません。

世界各地で「過去最悪」を記録

近年は大規模な山火事が、アメリカ、トルコ、アルジェリア、ブラジルなどの世界各地で発生しています。

米カリフォルニア州では、2020年、21年と山火事による山林の焼失面積を更新しました。21年の焼失面積は100万ヘクタール(およそ青森県の面積)で、4240万ヘクタールの州面積の2%を超えています。

カリフォルニア州に隣接するオレゴン州の森林局がまとめたデータからは、2000年代以降の山火事の増加傾向が明確に見られます。1992年から01年までの10年間の平均焼失面積は約8万ヘクタールでしたが、11年までの10年間の平均は約12万7000ヘクタール、21年までの10年間の平均は約29万ヘクタールになりました。

21年7月にトルコで2週間ほど続いた山火事は、81県のうち51県で合計250件以上発生し、特に被害が深刻だった南西部では、約13万5000ヘクタールが焼失しました。同国の史上最悪の規模で、過去20年間に起きた火災の総面積を上回るともいわれています。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

アングル:保護政策で生産力と競争力低下、ブラジル自

ワールド

焦点:アサド氏逃亡劇の内幕、現金や機密情報を秘密裏

ワールド

米、クリミアのロシア領認定の用意 ウクライナ和平で

ワールド

トランプ氏、ウクライナ和平仲介撤退の可能性明言 進
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプショック
特集:トランプショック
2025年4月22日号(4/15発売)

大規模関税発表の直後に90日間の猶予を宣言。世界経済を揺さぶるトランプの真意は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    しゃがんだ瞬間...「えっ全部見えてる?」ジムで遭遇した「透けレギンス」投稿にネット騒然
  • 2
    【クイズ】売上高が世界1位の「半導体ベンダー」はどこ? ついに首位交代!
  • 3
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ? 1位は意外にも...!?
  • 4
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?.…
  • 5
    【渡航注意】今のアメリカでうっかり捕まれば、裁判…
  • 6
    「2つの顔」を持つ白色矮星を新たに発見!磁場が作る…
  • 7
    300マイル走破で足がこうなる...ウルトラランナーの…
  • 8
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 9
    今のアメリカは「文革期の中国」と同じ...中国人すら…
  • 10
    トランプ関税 90日後の世界──不透明な中でも見えてき…
  • 1
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜け毛の予防にも役立つ可能性【最新研究】
  • 2
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ? 1位は意外にも...!?
  • 3
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最強” になる「超短い一言」
  • 4
    しゃがんだ瞬間...「えっ全部見えてる?」ジムで遭遇…
  • 5
    あなたには「この印」ある? 特定の世代は「腕に同じ…
  • 6
    パニック発作の原因とは何か?...「あなたは病気では…
  • 7
    中国はアメリカとの貿易戦争に勝てない...理由はトラ…
  • 8
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 9
    動揺を見せない習近平...貿易戦争の準備ができている…
  • 10
    【渡航注意】今のアメリカでうっかり捕まれば、裁判…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 3
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 4
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛…
  • 5
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 6
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 7
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 8
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    「低炭水化物ダイエット」で豆類はNG...体重が増えな…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story