コラム

『鬼滅の刃』でも現実でも「青い彼岸花」が見つからない科学的理由

2021年11月02日(火)11時25分
『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』

鬼滅ブームが続くほど「青い彼岸花」実現に近づく?(写真は2020年12月、東京) KIM KYUNG HOON-REUTERS

<最大の敵である鬼舞辻無惨が「青い彼岸花」を探すのに苦労するエピソードは、科学的にも納得できる設定だ。漫画だけでなく、現実の世界でも見つからない理由を、作家で科学ジャーナリストの茜灯里が解説する>

日本では興行収入歴代1位の約403億円、全世界でも約517億円を突破した『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』(原作:吾峠呼世晴)。10月にはTVアニメ「鬼滅の刃 無限列車編」が始まり、同・遊郭編の放映も決定しました。"鬼滅ブーム"はまだまだ収まらないようです。

鬼滅の刃には、キーアイテムがあります。主人公・竈門炭治郎(かまどたんじろう)が所属する「鬼殺隊」の最大の敵である鬼のボス・鬼舞辻無惨(きぶつじむざん)が探し求める「青い彼岸花」です。

病弱な人間だった頃、無惨は主治医に青い彼岸花が原料の薬を投与されました。効き目がないことに怒った無惨は医者を殺しますが、その後すぐに薬の効果──鬼になる──が現れます。鬼になった無惨は強靭な肉体を手に入れますが、人を喰らうようになり、日光の下にも出られなくなってしまいます。

無惨は、太陽の光を克服し完璧な生物になる鍵は青い彼岸花だと考え、日本中を探し回ります。けれど、平安時代に生まれた無惨は、鬼滅の刃の舞台となる大正時代になっても見つけることはできませんでした。手下の鬼たちをこき使って大捜索したにもかかわらずです。

鬼滅の刃の世界観にぴったり

無惨が青い彼岸花探しに苦労するエピソードは、科学的にとても納得できる設定です。

彼岸花は、秋の彼岸の頃に赤い花を咲かせる多年草です。弥生時代に中国大陸から日本に渡来したとされるので、無惨の生まれた平安時代の日本にも当然ありました。

この植物の名前は「食べたら彼岸(死の世界)に行く」が由来だという説もあります。実際に彼岸花の球根にはリコリン、ガランタミン(アルカロイドの一種)などの毒があって、人が食べると下痢や吐き気を起こして、重症の場合は死に至る場合もあります。毒があることを利用して、土を掘り起こすネズミやモグラの対策で球根を畑や墓地の近くに植えたのが、彼岸花の栽培の起源だと考えられています。サンスクリット語に由来を持つ「曼珠沙華(マンジュシャゲ)」や、墓地から連想した「死人花(しびとばな)」の異名も持ち、鬼滅の刃の世界観にはぴったりの名前を持つ花と言えるでしょう。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト/博士(理学)・獣医師。東京生まれ。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第 24 回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米国との建設的な対話に全面的にコミット=ゼレンスキ

ワールド

米、ロシアが和平合意ならエネルギー部門への制裁緩和

ワールド

トランプ米政権、コロンビア大への助成金を中止 反ユ

ワールド

ミャンマー軍事政権、2025年12月―26年1月に
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
2025年3月11日号(3/ 4発売)

ジャンルと時空を超えて世界を熱狂させる新時代ピアニストの「軌跡」を追う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやステータスではなく「負債」?
  • 2
    メーガン妃が「菓子袋を詰め替える」衝撃映像が話題に...「まさに庶民のマーサ・スチュアート!」
  • 3
    「これがロシア人への復讐だ...」ウクライナ軍がHIMARS攻撃で訓練中の兵士を「一掃」する衝撃映像を公開
  • 4
    同盟国にも牙を剥くトランプ大統領が日本には甘い4つ…
  • 5
    テスラ大炎上...戻らぬオーナー「悲劇の理由」
  • 6
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」…
  • 7
    うなり声をあげ、牙をむいて威嚇する犬...その「相手…
  • 8
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアで…
  • 9
    【クイズ】ウランよりも安全...次世代原子炉に期待の…
  • 10
    ラオスで熱気球が「着陸に失敗」して木に衝突...絶望…
  • 1
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 2
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやステータスではなく「負債」?
  • 3
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 4
    アメリカで牛肉さらに値上がりか...原因はトランプ政…
  • 5
    イーロン・マスクの急所を突け!最大ダメージを与え…
  • 6
    「浅い」主張ばかり...伊藤詩織の映画『Black Box Di…
  • 7
    メーガン妃が「菓子袋を詰め替える」衝撃映像が話題…
  • 8
    ニンジンが糖尿病の「予防と治療」に効果ある可能性…
  • 9
    「コメが消えた」の大間違い...「買い占め」ではない…
  • 10
    著名投資家ウォーレン・バフェット、関税は「戦争行…
  • 1
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 4
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 10
    細胞を若返らせるカギが発見される...日本の研究チー…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story