コラム

ユヴァル・ノア・ハラリ×オードリー・タン対談(3/3)──市民の力で新型コロナウイルスを克服した台湾モデルが世界に希望をもたらす

2020年07月17日(金)11時55分

ハラリ 物語か現実を調べるテストがあります。現実は、すべてのコードとすべての物語の後ろに存在します。もしそれが現実であれば、苦しみを感じることができます。ある物が現実か物語を調べるには、それが苦しむことが可能かどうかで分かります。

あなたは国家やどこかの神や企業などを信じているとします。それが現実か物語かを知るには、それが苦しむことができるかどうかを考えれば分かります。国家は苦しまない。お金は苦しまない。ドルが価値を失っても苦しまない。コンピュータもそうです。コードも苦しまない 。

21世紀にどんな物語を作るにしても、新たな課題に対処するためには、常にこの問いを自問自答しなければなりません。実際に苦しんでいるのは誰なのか?私たちがすることはすべて、その苦しみを和らげるためにあるということを忘れないでください。そうすれば、私たちは安全な場所にいることになります。

タン その解釈はとてもパワフルで、とても啓発的ですね。牡蠣を食べるビーガンである私は、(中枢神経を持たない)牡蠣が苦しむのかどうかなどの議論はしませんね(笑)。本当に意味のあることは、人々に力を与えることです。人々とは、苦しむことができるあらゆる存在を意味しています。

痛みに最も近い人たち、本当に苦しんでいる人たちに力を与えるためにコーディングを続けると、彼らは(社会のためにコードを書く)シビックハッキングの意味においての「ハッカー」になることができるでしょう。彼らは、身体からの制限も、社会的立場からの制限からも、さらには何も生み出さないのに無自覚に繰り返してしまう「物語」からも、自由になれるのだと思います。

古い物語から解放された彼らは、新しい物語の織り手となり、サピエンス系のすべての人にとって、より良い運命を決定することができるのです。もし私たちがあまり苦悩を感じていない人々、すでに快楽主義的なライフスタイルを楽しみすぎている人々に力を集中させるならば、私たちは本当の危険にさらされています。

快楽主義はゼロサムゲームではないにしても、自己増殖して自己トラップ(罠)のサイクルに陥りがちです。また、ハックするかハックされるかは個人レベルの問題ではないと言いたい。むしろ社会レベルでのことです。(社会の不平等を測る)ジニ係数のように、痛みや苦しみに最も近い個人がどれだけ新しい規範やコードを共に作れるのかという「コード織り手係数」「物語織り手係数」のような指数を作って、それにそって生きていけるようにしたいですね。

ハラリ 私は全面的に支持したいと思います。それはとてもすばらしい意見だと思います。

司会者 すばらしい ありがとう。 ありがとう ユヴァル、ありがとう オードリー。 オードリー、あなたはこの美しい考えを発表してましたよね。あなた自身の物語で、特異点は近いに関する例の文書です。

タン 分かりました。私の仕事のモットーを書いた文書のことですね。3年半前、私が初めてデジタル大臣になったとき、デジタルを、情報技術もしくは情報通信技術のことと誤解されることがよくありました。この場合の技術とは機械と対話するという意味しかありません。一方でデジタルとは、社会の新しい可能性を形成することを意味した言葉です。

この二つを区別するのは難しいので、私の仕事のモットーの説明文として詩というか、祈りのような文章を書いてみました。Pujaさんのリクエストで読ませていただきます。こんな感じです。

Internet of things(物のインターネット)を見たら、Internet of being(人間のためのインターネット)を考えよう。
バーチャルリアリティを見たら、リアリティの共有を考えよう。
機械学習を見たら、コラボ学習を考えよう。
ユーザー体験を見たら、人間体験を考えよう。
特異点が近いと聞いたら、多元性がここにあることを忘れないようにしよう。

When we see the Internet of things, let's make it an Internet of beings.
When we see virtual reality, let's make it a shared reality.
When we see machine learning, let's make it collaborative learning.
When we see user experience, let's make it about human experience.
Whenever we hear the singularity is near, let us always remember the plurality is here.

司会者 とても美しいです。ありがとうございました。ありがとう、オードリー。ありがとう、ユヴァル。これがお二人にとって気づきの機会になれば幸いです。わたしには大きな学びの機会になりました。残りの「LGBTプライド月間」をお楽しみください。

タン 長寿と、繁栄を。

【関連記事】台湾のコロナ対策から学ぶ企業デジタル化のコツ
【関連記事】台湾IT大臣オードリー・タンの真価、「マスクマップ」はわずか3日で開発された

20200721issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2020年7月21日号(7月14日発売)は「台湾の力量」特集。コロナ対策で世界を驚かせ、中国の圧力に孤軍奮闘。外交・ITで存在感を増す台湾の実力と展望は? PLUS デジタル担当大臣オードリー・タンの真価。

プロフィール

湯川鶴章

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

焦点:アサド氏逃亡劇の内幕、現金や機密情報を秘密裏

ワールド

米、クリミアのロシア領認定の用意 ウクライナ和平で

ワールド

トランプ氏、ウクライナ和平仲介撤退の可能性明言 進

ビジネス

トランプ氏が解任「検討中」とNEC委員長、強まるF
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプショック
特集:トランプショック
2025年4月22日号(4/15発売)

大規模関税発表の直後に90日間の猶予を宣言。世界経済を揺さぶるトランプの真意は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    しゃがんだ瞬間...「えっ全部見えてる?」ジムで遭遇した「透けレギンス」投稿にネット騒然
  • 2
    【クイズ】売上高が世界1位の「半導体ベンダー」はどこ? ついに首位交代!
  • 3
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ? 1位は意外にも...!?
  • 4
    【渡航注意】今のアメリカでうっかり捕まれば、裁判…
  • 5
    「2つの顔」を持つ白色矮星を新たに発見!磁場が作る…
  • 6
    300マイル走破で足がこうなる...ウルトラランナーの…
  • 7
    今のアメリカは「文革期の中国」と同じ...中国人すら…
  • 8
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 9
    トランプ関税 90日後の世界──不透明な中でも見えてき…
  • 10
    米経済への悪影響も大きい「トランプ関税」...なぜ、…
  • 1
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜け毛の予防にも役立つ可能性【最新研究】
  • 2
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ? 1位は意外にも...!?
  • 3
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最強” になる「超短い一言」
  • 4
    あなたには「この印」ある? 特定の世代は「腕に同じ…
  • 5
    パニック発作の原因とは何か?...「あなたは病気では…
  • 6
    しゃがんだ瞬間...「えっ全部見えてる?」ジムで遭遇…
  • 7
    中国はアメリカとの貿易戦争に勝てない...理由はトラ…
  • 8
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 9
    動揺を見せない習近平...貿易戦争の準備ができている…
  • 10
    【渡航注意】今のアメリカでうっかり捕まれば、裁判…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 3
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 4
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛…
  • 5
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 6
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 7
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 8
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    「低炭水化物ダイエット」で豆類はNG...体重が増えな…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story