コラム

倫理をAIで科学する エクサウィザーズ社長石山洸

2018年03月16日(金)19時30分

──プーチン大統領が、「AIを牛耳ったところが世界を征服する」とかいうような発言していましたね。イーロン・マスク氏らがその話をtwitterで拡散してました。イーロン・マスク氏らが中心になって、倫理観を持ってAIを使おうというような運動が起こっていますが、もっと積極的に何かできるのではないか。新しい時代に合った倫理観を、AIを使って形成していくことができるのではないか、というお話ですね。めちゃくちゃ斬新な考えですね。こうした研究を通じて国際的な紛争を解決できたり、第3次世界大戦を回避できればいいですね。イスラム国などの問題を見ても、結局は時代遅れになった異なる倫理観同士の衝突という見方もできますし。

石山 哲学者のスピノザは『エチカ』という本を書いているのですが、エチカというのはラテン語で"Ethica"と書き、英語では"Ethics"で、日本語の倫理にあたります。この倫理学の古典の名著の一冊の副題は「幾何学的秩序に従って論証された」で、ユークリッド幾何学から影響を受けていました。その後、脳科学者のダマシオは『感じる脳 情動と感情の脳科学 よみがえるスピノザ』を書いています。つまり倫理学は、歴史的にも数学や脳科学からも色んな影響を受けているんです。そういう視点から見てみると、今の時代に人工知能から影響を受けて倫理学が発展しても、全然おかしくないんです。

「論語と算盤」から「新しい倫理とAI」へ

──ただ一つ心配なのは、どこかの国家が国民をコントロールするために、この倫理観のモデルを使う可能性もありますよね。

石山 そうなんです。その可能性はあります。儒教や宗教も過去の為政者たちによって自分たちの都合のいいように内容を変えられましたから。

ただ倫理観の形成過程が可視化されるので、そのデータを見ながらどういう倫理観がいいのかをボトムアップにデザインしていくことが可能になると思います。それが過去の倫理観の形成方法とは決定的に異なる点だと思いますよ。

──研究分野としては大変おもしろそうなんですが、社会を変えていくためには研究成果を技術やビジネスに落とし込んで、世の中に広めて行く必要があると思うんです。AIをベースにした倫理の研究って、どのようにビジネスにしていけるのでしょうか?

石山 Yコンビネーターがベーシックインカムの社会実験を始めたというニュースがありますが、同じように、「エビデンス・ベースド倫理」の枠組みについても、アントレプレナー達が立ち上がってボトムアップに社会実験を展開していけると思います。

日本のアントレプレナーシップの祖である渋沢栄一も「論語と算盤」という本を書いているくらい儒教から影響を受けた人でした。また、日本政府も第四次産業革命という産業革新のスローガンから、Society5.0という社会革新のスローガンへと移行してきています。倫理の世界の人工知能の活用について、市民・研究者・起業家・政府が一丸となれば、日本が世界的なリーダーシップを取れるチャンスがあるはず。

この兆しとして、市民が積極的にコンピューター科学を活用しながら、社会的なエビデンスを能動的に獲得していく"Citizen Informatics"という分野が勃興し始めています。例えば、私も研究している認知症の分野では「The Society of Citizen Informatics for Human Cognitive Disorder」という学会が設立されました。日本語では「みんなの認知症情報学会」という名前なのですが、この「みんなの」という部分は、認知症の当事者も一緒に倫理研究を進めることを意味しています。このようなアプローチ方法は、為政者に利用されないかという心配に対するひとつのヒントになるんじゃないかなと思っています。

プロフィール

湯川鶴章

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米相互関税は世界に悪影響、交渉で一部解決も=ECB

ワールド

ミャンマー地震、死者2886人 内戦が救助の妨げに

ワールド

ロシアがウクライナに無人機攻撃、1人死亡 エネ施設

ワールド

中国軍が東シナ海で実弾射撃訓練、空母も参加 台湾に
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    あまりにも似てる...『インディ・ジョーンズ』の舞台…
  • 6
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 7
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 8
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 9
    イラン領空近くで飛行を繰り返す米爆撃機...迫り来る…
  • 10
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 3
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 4
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 5
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 6
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 7
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story