コラム

フランスの「極右」が「極右」と呼ばれなくなる日

2024年07月02日(火)17時30分

この「脱悪魔化」は、イメージだけではなく、政策のレベルでも具現されている。
今の国民連合の公約を見ても、かつてのEU離脱やユーロ離脱などの過激な主張は姿を消し、移民規制の強化といっても、国籍付与にあたっての出生地主義の廃止(すなわち血統主義の採用)や、二重国籍者の権利制限、不法滞在者への罰則強化など、海外の多くの国(日本を含む)が実施している規制と同じ程度のものを主張しているにすぎない。

また、燃料・エネルギーに掛かる消費税の引下げや、社会党政権時代に導入されマクロン政権下で廃止された金融資産課税(いわゆる富裕税)の復活、マクロン政権が行った年金改革(年金受給開始年齢を62歳から64歳に引き上げることなどが柱)の撤回などは、「金持ち優遇のエリート」のマクロン大統領とは正反対の、やさしい庶民の味方を印象付ける。

マクロン政権への不満

こうした「脱悪魔化」と裏腹に、フランス国民の間ではマクロン政権に対する不満が強まっていった。

物価高や重税に伴う購買力の低下、年金支給開始年齢の引上げに伴う社会保障の後退、ウクライナ戦争の影響による燃料・エネルギー価格の高騰などにより、庶民の生活は苦しくなる一方なのに、それに目をつむったかのように、平然とグローバル化とEU統合を進めているマクロン大統領に対する国民の不満は高まる一方だった。
また、移民の多く住む都市の郊外地区を中心にして、治安の悪化が恒常化しており、マクロン政権がそれに有効に対処していないとの不満も鬱積していた。

こうした不満を吸い上げてマクロン大統領を舌鋒鋭く批判する国民連合に共感する人々が、底辺層から中間層、更に右派支持層にまで広がって、国民連合の支持基盤の拡大につながったのだ。

国民連合の支持基盤の全般的拡大

そのことは、最近の選挙結果や世論調査に如実に表れている。
先の欧州議会選挙では、パリを除く全国ほぼすべての地域で、国民連合が第1位となった。国民連合支持者の多寡は、これまでは地域的に偏りがあったが、今やほぼ全国均一に国民連合の支持者が他のすべての政党の支持者を上回っている。

また、ある世論調査によれば、国民連合の支持者は、これまでは女性より男性が多く、中高所得者より低所得者が多く、高学歴者より低学歴者が多く、若者世代や高齢者世代より中年世代が多い、とされてきたが、今や、それらすべての面で偏差がなくなり、ほぼすべての社会階層に一定の厚い支持層があるという、支持層の標準化が見られるようになってきた。

「極右」のレッテルが剝がれる日

このような国民連合の支持基盤の拡大に対する強い危機感が、マクロン大統領による議会解散・総選挙の決断の引き金になったのは間違いない。
自分と同じく危機感を持つはずの国民の「反極右」の良識に訴え、「極右」か「反極右」かを争点として強行突破を図ろうという作戦だ。

しかし、この「反極右」戦法は、うまく行きそうにない。。
なぜなら、国民の間で、もはや国民連合を「極右」とは考えない人々が多数になってきたからだ。そうした人々には、「反極右」というスローガンはまったく響かない。

それどころか、民主的な選挙で国民連合が一定程度の勝利を収めれば、「普通の政党」として市民権を得たことの証左との解釈も俄然説得力をもってくる。
いずれ国民連合の「極右」というレッテルが剝がれる日が来るのかもしれない。

プロフィール

山田文比古

名古屋外国語大学名誉教授。専門は、フランス政治外交論、現代外交論。30年近くに及ぶ外務省勤務を経て、2008年より2019年まで東京外国語大学教授。外務省では長くフランスとヨーロッパを担当(欧州局西欧第一課長、在フランス大使館公使など)。主著に、『フランスの外交力』(集英社新書、2005年)、『外交とは何か』(法律文化社、2015年)など。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:パナマと米国の移民減合意、危険な地峡通行

ビジネス

アングル:パリ五輪、ホテルや航空券は予約低調 価格

ワールド

ハマス、イスラエル人質解放巡る米提案に合意 一部譲

ワールド

イラン大統領選、改革派ペゼシュキアン氏が当選 決選
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:中国EVの実力
特集:中国EVの実力
2024年7月 9日号(7/ 2発売)

欧米の包囲網と販売減速に直面した「進撃の中華EV」のリアルな現在地

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ルイ王子の「お行儀の悪さ」の原因は「砂糖」だった...アン王女の娘婿が語る
  • 2
    ドネツク州でロシア戦闘車列への大規模攻撃...対戦車砲とドローンの「精密爆撃」で次々に「撃破」する瞬間
  • 3
    韓国が「佐渡の金山」の世界遺産登録に騒がない訳
  • 4
    携帯契約での「読み取り義務化」は、マイナンバーカ…
  • 5
    「下手な女優」役でナタリー・ポートマンに勝てる者…
  • 6
    中国を捨てる富裕層が世界一で過去最多、3位はインド…
  • 7
    洗わず放置した「水筒」が大変なことに...内部に「生…
  • 8
    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…
  • 9
    『ザ・ボーイズ』がくれた「イケメン俳優」像を笑い…
  • 10
    「黒焦げにした」ロシアの軍用車10数両をウクライナ…
  • 1
    韓国が「佐渡の金山」の世界遺産登録に騒がない訳
  • 2
    メーガン妃が「王妃」として描かれる...波紋を呼ぶ「帰ってきた白の王妃」とは?
  • 3
    中国を捨てる富裕層が世界一で過去最多、3位はインド、意外な2位は?
  • 4
    携帯契約での「読み取り義務化」は、マイナンバーカ…
  • 5
    ウクライナ戦闘機、ロシア防空システムを「無効化」.…
  • 6
    黒海艦隊撃破の拠点になったズミイヌイ島(スネーク…
  • 7
    H3ロケット3号機打ち上げ成功、「だいち4号」にかか…
  • 8
    キャサリン妃も着用したティアラをソフィー妃も...「…
  • 9
    ルイ王子の「お行儀の悪さ」の原因は「砂糖」だった.…
  • 10
    能登半島地震から半年、メディアが伝えない被災者た…
  • 1
    中国を捨てる富裕層が世界一で過去最多、3位はインド、意外な2位は?
  • 2
    韓国が「佐渡の金山」の世界遺産登録に騒がない訳
  • 3
    ニシキヘビの体内に行方不明の女性...「腹を切開するシーン」が公開される インドネシア
  • 4
    接近戦で「蜂の巣状態」に...ブラッドレー歩兵戦闘車…
  • 5
    新型コロナ変異株「フラート」が感染拡大中...今夏は…
  • 6
    メーガン妃が「王妃」として描かれる...波紋を呼ぶ「…
  • 7
    早期定年を迎える自衛官「まだまだやれると思ってい…
  • 8
    爆破され「瓦礫」と化したロシア国内のドローン基地.…
  • 9
    携帯契約での「読み取り義務化」は、マイナンバーカ…
  • 10
    「何様のつもり?」 ウクライナ選手の握手拒否にロシ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story