コラム

フランスとイスラム原理主義の果てしない「戦争」の理由

2020年10月23日(金)15時30分

10月21日にソルボンヌ大学で行われたテロ事件犠牲者の追悼式 rancois Mori/REUTERS

<フランスで、また凄惨なテロ事件が起きた。なぜ、フランスばかりがイスラム原理主義テロの標的とされるのか。そこには、フランスとイスラムの間の、宗教と国家の関係をめぐる、理念的対立がある......>

フランスで、イスラム教の預言者ムハンマドの風刺画を見せながら「表現の自由」を説いていた中学教師が、イスラム原理主義過激派によって、首を切られ、殺された。現場を訪れたマクロン大統領は、この反文明的な蛮行を断罪し、イスラム原理主義を「分離主義」の元凶、共和国の敵として、徹底的に戦うことを宣明した。

テロとの戦いは、今に始まった話ではない。とりわけ、2015年のシャルリエブド紙襲撃テロ事件以降、フランスは「対テロ戦争」(当時のオランド大統領)に踏み切った。緊急事態宣言が発令され、警察と情報機関は、徹底的な捜査・摘発や要注意人物のリストアップと監視などを行ってきたが、モグラ叩きをしているようなもので、テロの撲滅や未然防止には至っていない。「戦争」は果てしなく続いている。

今回の事件もきっかけはまたムハンマドの風刺画と「表現の自由」であった。殺された中学教師が教室で生徒に見せた2枚のムハンマドの風刺画は、かつてシャルリエブド紙に掲載されたもので、この教師は、同紙編集部を襲ったテロ事件のことを念頭に、「表現の自由」の大切さを生徒たちに伝えようとしていたとされる。

こうした犠牲者を出してまで、守らなければならない「表現の自由」とは何なのか。なぜフランス人は「表現の自由」にここまで固執するのだろうか。

「表現の自由」

実は、人権の国、フランスでも、「表現の自由」は無制限に認められるものではない。1789年の人権宣言(現行憲法でも継承されている)では、第11条に次のように謳われている。


「思想および意見の自由な伝達は、人の最も貴重な権利の一つである。すなわち、すべての市民は、法律によって定められた場合にその自由の濫用について責任を負うほかは、自由に、話し、書き、印刷することができる」(下線は筆者)

ここでいう「その自由の濫用について責任を負う」場合として、法律(出版の自由に関する1881年法)で定められ、禁止されているのは、侮辱、名誉棄損、犯罪教唆、テロ行為の扇動など、公共の秩序に反する一定の言論・表現である。この法律にはその後改正が加えられ、人種や宗教への帰属を理由として、特定の個人・集団に対して、差別的な言論・表現(ヘイトスピーチ)を行うことも禁止されるに至っている。

プロフィール

山田文比古

名古屋外国語大学名誉教授。専門は、フランス政治外交論、現代外交論。30年近くに及ぶ外務省勤務を経て、2008年より2019年まで東京外国語大学教授。外務省では長くフランスとヨーロッパを担当(欧州局西欧第一課長、在フランス大使館公使など)。主著に、『フランスの外交力』(集英社新書、2005年)、『外交とは何か』(法律文化社、2015年)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 7
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 8
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 9
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story