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南米街角クラブ

島田愛加|ブラジル/ペルー

【日本⇔ブラジル】本場リオデジャネイロにてグループの一員となった日本人フルート奏者 - 熊本尚美さん

リオデジャネイロのフルートオーケストラで指揮をする尚美さん(Photo by Silvana Marques)

2016年、当時ブラジル滞在2年目の私は、サンパウロの音楽院にてショーロについて勉強していた。

ショーロとは19世紀半ばのリオデジャネイロにて発祥したブラジル初のポピュラー音楽で、その後ブラジル各地で演奏されるようになり、今では世界各地にショーロファンが存在する。

とある日、音楽院のショーロ科の先生が主催するサンパウロ州アヴァレのショーロフェスティバルに参加するよう声をかけてくれた。
「泊まるところも食べるものも用意するから大丈夫。ショーロが好きならその気持ちと楽器だけ持ってきなさい。」
その言葉を鵜呑みにし、私たち学生は車数台に相乗りしてアヴァレに向かう。

ブラジルの音楽フェスティバルは自治体や企業がスポンサーとなり、無料で参加できることが多く、規模も大きい。学生なら宿泊施設まで用意されることがあり、こういったフェスティバルを通して交流を深め、新たな可能性を見出すことができる。

会場に到着すると、歴史あるショーロのグループで演奏していたバンドリン奏者Déo Rianや、若手で売れっ子のショラオン(ショーロを演奏する人をこう呼ぶ)たちが続々と現れる。憧れのショラォンたちに囲まれて、夜遅くまでショーロ尽くし。私たちは先生の友人で昼間は外科医、夜はショラォンというクラリネット奏者の男性の家に泊めてもらった。

翌日起きると食べきれない程の朝食がテーブルに並べられていて、ショーロのCDがコレクションされているオーディオルームから1曲の美しいショーロが聴こえてくる。彼が大のお気に入りだというこのCDは、日本人フルート奏者の熊本尚美さんがリオデジャネイロで仲間と録音したものだ。

|ブラジル人グループの"一員"になること

私がブラジル音楽に興味を持ち、日本で必死に情報収集していた頃、とある雑誌にてリオデジャネイロに住む尚美さんの音楽生活を綴る連載を見つけた。
勇気を出して外枠に書かれていた本人のメールアドレスにメッセージを送ると、丁寧に返事を下さり、一時帰国に合わせてレッスンを受けられることになった。

当日は池袋で待ち合わせ。リオの第一線で活躍している音楽家が自分の目の前にいる。
レッスン後、一緒に定食を食べながら、尚美さんは「あれ、これは日本語でなんていうんだっけ?」と呟いた。その瞬間、"この人は本当にリオで暮らしているんだ。数日前までリオにいたんだ。"と、私には夢のような世界が一気に現実的になったのを覚えている。

数年後、私も念願の渡伯。
尚美さんが参加するリオのショーロオーケストラのサンパウロ公演で再会することができた。
ショーロの重要人物Pixinguinhaによるオーケストラアレンジを演奏するグループなのだが、ショーロの発祥地であるリオデジャネイロを代表する音楽家、つまりはブラジルを代表する音楽家たちが集められた銀河系軍団のような顔ぶれだ。そこに尚美さんがいるというのは本当に輝かしいことで、彼らから信頼され、愛されている証拠である。

ブラジルで生活している私には身に染みてわかる。
ブラジル人はフレンドリーで、来るもの拒まない。
親日家も多く、ポルトガル語がわからなくても、どんな著名人でも、非常に優しく接してくれる。
しかしグループの一員になるのは別の話だ。
ブラジル人からすると外国人は大切なお客さんやファンであり、真の仲間になるためにはお金でも共通言語でもなく、硬い絆で結ばれた友情と信頼関係が不可欠である。

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ブラジルが誇るパンデイロ奏者である故Jorginho do Pandeiroとも共演(Photo by Naomi Kumamoto)

|探し求めていた本当にやりたい音楽

尚美さんは日本の神戸生まれ。小さい頃からクラシック音楽に親しみ、大学で音楽を学んだ後は関西のプロオーケストラのフルート奏者として活動しながらも、常に自分が心から楽しめる音楽をさがしていた尚美さんが出会ったのがショーロだった。

室内楽的な魅力がありながらも、音楽家が自由にコミュニケーションをとれるショーロ。
楽譜は存在するが、それを自分の好きなように味付けしながら演奏する。個性を尊重しながらも、目と目を合わせて音を作り上げるスタイルは、尚美さんが探し求めていたものだった。

当時はショーロに関するCDや資料も限られていて、音を聴きながら独学で演奏し始める。そんな中、ショーロ界で活躍するブラジルの音楽家たちが来日すると聞き、思い切って飛行機に乗って飛んでいった先で出会ったのが、今でも一緒に活動しているリオ在住のMauricio Carrilhoだ。Mauricioは演奏だけでなくショーロの研究にも力を入れており、ショーロを現在進行形として作り続ける重要人物。公演後、彼らが開いたホーダ・ジ・ショーロ(輪になってショーロのレパートリーを演奏する)に飛び入りしてレパートリーを披露した尚美さんに心打たれたMauricioは、翌日 「Naomi vai pro Rio(ナオミ、リオへ行く)」という曲を書き上げプレゼントし、リオに来るべきだと話した。尚美さんも、お返しとして1曲「Me espere no Rio(私をリオで待っててね)」を書き上げて彼にプレゼントした。


|初めてショーロの本場リオデジャネイロへ

その翌年2001年、尚美さんは念願の初渡伯を果たす。
到着した頃、Mauricioは仲間と共にショーロ第一世代から第二世代(1830年~1880年)にあたる作曲家の作品集の録音をしており、なんと尚美さんも録音に参加することになった。突然の出来事だったが、一流のショラォンと生活を共にしながらショーロを体得していく。その後はブラジルと日本を往復しながら自身のアルバムを録音し、2003年7月にブラジルと日本でリリース。
タイトルはあの日にMauricioから貰った手書きの楽譜 「Naomi vai pro Rio」、もちろん「Me espere no Rio」 も収録されている。実は贈られた曲に曲で返礼するのはショラォンのマナーで、尚美さんは無意識のうちにしていたそうだが、リオへ行くことは宿命だったように感じる。

|ショーロへの情熱、人生をかけての決断

「人生最後の冒険だと思って、貯金の100万円が底を尽きたら日本に帰ろう。やれるところまでやってみよう。」
2004年に本格的にリオへ移住。40代に突入する直前の決断だった。
移住してからもMauricioらと共にショーロ漬けの毎日を送り、数多くのプロジェクトや録音に参加。更にはブラジルを代表するショーロ学校であるEscola Portátil de Músicaのフルート講師となる。パンデミックになってから同校の授業は対面式では続けられなくなってしまったが、オンラインに切り替わった分、ブラジル各地から参加者が集まるようになった。尚美さんの協力もあり、今では日本語通訳付きでショーロを学べるコースも開講され、1000人以上いる生徒の1割は日本からの受講者だ。

その他にCasa do Choro(同じくリオのショーロ学校)やフランス人学校でも音楽を教えている尚美さんは、最初はブラジル人生徒の気ままさに驚いたそうだ。時間の約束や授業中のリラックスした感覚は日本とはまた違ったもので、ポジティブに考えるとそういった文化が演奏にも反映されることもある。

また、教えていくうちに日本の教育水準の高さを改めて実感したそうだ。以前の記事にも書いたが、ブラジルやペルーでは一部の学校を除いて音楽の授業がない事が殆どである。尚美さんは、基礎的な音楽教育の大切さを仲間に訴え、今ではショーロ学校にソルフェージュクラスを開講するまでとなった。
指導する立場になってから音楽の持つ包容力を改めて実感し、日本にて学んだ音楽知識をブラジルで活かすことができることに感謝していると話す。

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フルートオーケストラの指導にも力を入れており、近い将来レコーディングをするのが目標だそうだ。(photo by Naomi Kumamoto)

自分が信じることに人生をかけた尚美さんがブラジルに住み始めてから17年。
ショーロに情熱をもった仲間と演奏し続けられることや、人目を気にせずに程よい距離感で暮らせるブラジルは居心地が良いとテレビ電話越しに話してくれた尚美さん。

ブラジル人でなくてもブラジル音楽を演奏することができるということを証明してくれた事に、私だけでなく多くのブラジル音楽を演奏する外国人が勇気を貰ったに違いない。

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Casa do Choro の横にあるLanchonete でコンサート終了後メンバーと打ち上げ。いつもここで立ち飲みするのが習慣だそうだ。(photo by Naomi Kumamoto)

【インタビュー 2021年5月9日】
今回記事を書くにあたり、快くインタビューに応えてくださった尚美さんに感謝したします。これからもご活躍楽しみにしています。

【今日の1曲】
Mauricioが尚美さんに贈った 手書きの楽譜「Naomi vai pro Rio」が現実となった1枚。

 

Profile

著者プロフィール
島田愛加

音楽家。ボサノヴァに心奪われ2014年よりサンパウロ州在住。同州立タトゥイ音楽院ブラジル音楽/Jazz科卒業。在学中に出会った南米各国からの留学生の影響で、今ではすっかり南米の虜に。ブラジルを中心に街角で起こっている出来事をありのままにお伝えします。2020年1月から11月までプロジェクトのためペルー共和国の首都リマに滞在。

Webサイト:https://lit.link/aikashimada

Twitter: @aika_shimada

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