農・食・命を考える オランダ留学生 百姓への道のり
自動車にせっせとエサを与える私たち ~エネルギー=食となった現代~
子どものころ、自動車の前面が顔に見えてどうしようもなかった。可愛いもの、おとなしそうなもの、頑固そうなもの。ガソリンを飲ませてあげると動く物体。大きくなった今も時々、自動車を見ると擬人化してしまう。
そして気づいたのが、私たちは自動車にガソリンだけでなく、本当にエサを与えているのかもしれないということだ。それを説明するために、少し話を広げ、エネルギーに関する統計を見てみよう。日本とオランダのエネルギー供給の内訳はどうなっているのか。
日本と比べると、石炭の代わりに天然ガスに依存していることがわかる。
実はオランダには油田がある。場所は国の北部に位置するフローニンゲン州。エネルギー自給に貢献していた油田だが、地下から採掘するため地盤が緩くなり、2010年代に地震が相次いだため、対処せざるを得なくなった。
また、2050年までにCO2排出量をゼロにするのが欧州グリーンディールが掲げる目標。そしてエネルギー産業に関してオランダ政府は、2030年までにはエネルギー供給の27%を再生可能エネルギーにすることを目標に掲げている。
これらを踏まえ、国内の石炭火力発電所とフローニンゲン州の油田を2030年までに閉鎖するというのがオランダ政府の方針だ。
ではこれら化石燃料に代わる再生可能エネルギーにはどのようなものがあるのか。今回はバイオマスと太陽光発電の二つに着目しよう。
作物の行き先、土地の奪い合い1
バイオマスとは生物由来で再生可能な有機性資源のことである。バイオマスから作られるエネルギー源にはいくつか種類がある。有機物をそのまま燃やすとエネルギーになるし、抽出することでエネルギー源を濃縮することもできる。ここでは自動車の燃料としても使われるバイオエタノールとバイオディーゼルを取り上げる。
バイオエタノールは名前の通りエタノール(アルコール)で、ガソリン等と混ぜて使われる。主な原料はトウモロコシ・ソルガム・麦・ソルガム・ジャガイモ・甜菜といった糖が多く含まれる植物。
それに対してバイオディーゼルは植物油や廃食用油にメタノールを加えてメチルエステル化して処理したもので、ディーゼルの代わりとして使うことができる。主な原料は廃食用油のほかに、大豆・菜種・アブラヤシ・ひまわりの種からとれる油など。
読んでいて気付いた方もいるだろう、バイオマス燃料の原料は、食用にもなるものが多いということに。このことに関して複数の問題点がある。
もちろん、食用となるものを燃料に使ってしまうということ。また、食料を育てられる土地に燃料用の作物を育ててしまい、食料供給が圧迫されるということ。
「耕作放棄地や生産性の低い土地を活用すれば大丈夫」という意見もあるが、市場の原理から考えてアクセスが悪かったり生産性が低かったりする土地は、エネルギー生産にも効率が悪く、避けられているのでただの理想論だ、という意見もある。
さらに、食用となる穀物をエネルギー産業に導入したことで、穀物市場と石油市場が連動するようになってしまった。つまり、石油の値段の変動に穀物の値段も影響されるということだ。穀物の収量や国際政治が安定しているときには問題は少ない。しかし、穀物の収量は天候に左右されがちであるし、産油国のある地域は政治情勢が不安定になりがちだ。
一応穀物市場と石油市場の連動の仕組みを説明しておこう。下の図を参照して頂きたい。
コロナの影響で穀物の買い占めが少なからず行われたのにもかかわらず、穀物市場の値段が下がったのは、外出制限や国境封鎖で燃料の使用量が減り、石油の値段が下がり、先ほど説明した仕組みの逆が起こったのが理由らしい。
このように、食糧と代替・競争関係にあるバイオ燃料は持続可能ではないと、ヨーロッパ連合は2015年にこれらを「第一世代バイオ燃料」と名付け、「第二・三世代バイオ燃料」への移行を表明した。例えば生ごみ、農業廃棄物、食用にならない作物(ススキなど)、海藻などを指す。
「再生可能エネルギーの普及度」を測る際には、バイオ燃料は第二・三世代のものであることを証明しなければいけないそうだ。
土地の奪い合い2
また別の再生可能エネルギー、太陽光発電に使われるソーラーパネルの設置にも、膨大な土地を要する。同じく土地を要するのが農業で、オランダの国土の54%は農地として使われている。
農業の大規模化・市場のグローバル化・アグリビジネスの垂直統合が進む中、農業界で生き延びていくのは厳しいのが現状だ。価格の変動や低迷・利ざやの縮小にも悩まされる。農家・農業法人同士での土地をめぐる競争は激しく、小規模農家や新規就農者には厳しい状況だ。
さらに狭い国土をめぐって、農業やエネルギー産業など複数の産業間でも競争が起こっている。従ってオランダの土地の価格はヨーロッパの中でも高く、2015年から17年の間に5%上昇した。(農地1ヘクタール当たり57900ユーロ)
そのような状況下で、太陽光発電業者に土地を貸与・売却してしまうのには、金銭的な誘惑がある。
しかし、さらに農家の経営が圧迫されたり、新規就農者が土地を得にくくなったり、農業界にも影響が及ぶのだ。
陸地ではなく、海洋に太陽光パネルを設置しようというプロジェクトも立ち上がっている。上昇し続ける土地代を考慮すると、海面上の方がいずれか競争優位性が高くなるのではとも言われている。
しかしやはり、食糧生産とエネルギー生産に関して、穀物や土地の競争が激化しているのは否めない。私たちはせっせと土地を耕し、穀物を育て、もしくは土地を発電用に転換して、自動車(もちろん他の用途も)のために直接的・間接的にエサを与えているのである。
終わりに
エネルギーに関しては、どのエネルギー源が好ましいのか自分の意見すらはっきりしていないが、今2つのことが頭の中にある。
まず一つ。なぜこれほどもエネルギー問題に悩まされているのか、いつから問題になったのか、昔はどうだったのかと考えてみた。人力の代わりに電力を使うようになったからというのが一つ大きな理由だろう。電気に頼れるようになった私たちは、パソコンの前に座って運動不足になり、生活習慣病にもかかっている。なんて皮肉なことだろう。
すべて手動にしよう、なんていうつもりは到底ないが、現状の非効率的な人体・エネルギーの使い方を見直すことは無意味ではないだろう。
もう一つは、地元でソーシャルファームを率いるAさんに気づかせてもらったこと。1000年の視点を持つ、ということだ。2030年まで、2050年まで、なんというちっぽけなことを言わずに。2030年までなら責任逃れできそうな気もするが、1000年後に、ソーラーパネルで土地を敷き詰めているか、原発のゴミ問題を「現状は大丈夫」と言っているか、と聞かれたら、そうではないと私は思う。
もしかしたら人力車が最先端の乗り物になっているかもしれない。
著者プロフィール
- 森田早紀
高校時代に農と食の世界に心を奪われ、トマト嫌いなくせにトマト農家でのバイトを二度経験。地元埼玉の高校を卒業後、日本にとどまってもつまらないとオランダへ、4年制の大学でアグリビジネスと経営を学ぶ。卒業後は農と食に百の形で携わる「百姓」になり、楽しく優しい社会を築きたい!オランダで生活する中、感じたことをつづります。
Instagram: seedsoilsoul
YouTube: seedsoilsoul