World Voice

ベネルクスから潮流に抗って

岸本聡子|ベルギー

新型コロナワクチンの接種が進むベルギー、そして世界を見れば

クレジット:Aja Koska

現実味が急に増してきた。初めて、直に新型コロナワクチンの接種の招待状?を見た。65歳の友人の所に先週届いたフランダース政府からの3枚の手紙。「〇〇さん、あなたワクチン接種の会場は〇〇です。一回目は5月7日17時06分、二回目は6月11日20時56分(同じ会場)、15分前に来てください。」と、指定された会場と明確な分刻みのアポイントメント。会場はその地域の大型イベント、スポーツ施設などが使われる。

「どうしてワクチン?あなたと家族や友達を守るために、強制ではありませんがお勧めします、70%の人口がワクチンを接種すれば、コロナ感染の危険性は大きく低下するはずです」といった説明で始まる。その後には「よくある質問」が続く。「ワクチンの種類は選べますか?いいえ、選択肢はありません。接種の速やかに進めるためです。」「指定された日・時間に行けないときは?」「副作用はありますか?」「持病がある場合」といったかんじ。

vaccine invitation.jpg 著者撮影

肝心の「行きます、承認」の方法は3種類示されている。最初に「必要な時はご家族やご近所、お友達に手伝ってもらってください」とした上で、示されたサイトにアククスし、個人に指定されたナンバーを入力して承認する方法、携帯でQRコードをスキャンする方法、直通電話番号に電話する方法。ワクチン接種に行かない場合もいづれかの方法でお知らせくださいのとのこと。

手紙はフランダース地方の言語であるオランダ語で書かれているが、「他の言語」はウェブサイト上にあり、なんと20か国語で同じ情報が用意されてた。主要な西ヨーロッパ言語に加えて、ルーマニア、アルバニア、ポーランド、ボスニア、ブルガリア、アラビア語、中国語、 パシュトー語、ダーリ語(ともにアフガニスタンの言葉)、ヘブライ語、ソマリ語、トルコ語、ペルシャ語など。残念ながら日本語はなかったものの、すべての人(特に英語、フランス語に困難な人たち)に情報を届ける政府の気合を感じる。

他の国と同様に、接種は医療関係者や介護従事者に始まり、高齢者やリスクの高い人たちから順々に進んでいく。すでに接種を受けた数人の人からの話を聞いた。予約承認の電話は一回でつながった、会場はびっくりするほどよく組織されていて、混雑もなく、待ち時間を含めて30分以内で終了、とかなり好意的な内容であった。何かにつけて、こと政府や行政に対して文句を言うのが大好きなベルギー人が、めずらしく「なかなかすごい」とうなっている。

日本で実父(80歳以上)に市役所からワクチン接種の案内が届いたと聞いた。日時や場所の指定はなく、市役所に予約をしなければならないらしい。インターネットやスマートフォンではおそらく容易だろう。が、電話だのみの高齢者は多い。電話の前に陣取って一日中ダイアルしつづけでも、つながらないといという話も聞いた。「効率性」という言葉は好きではないが、「効率性」を大得意とする日本社会においては、こういうときこそ実力を発揮してほしいと願う。市民のためにも働く人のためにも。

私の年齢層(40代)に接種が回ってくるのは6月、7月と言われている。私はワクチン懐疑論者ではないが、数か月前までは効用も副作用もわからないし、異変種もきりがないし、できることならしたくないと思っていた。しかし、国境が低く地続きのヨーロッパで、しかも四国サイズの小国ベルギーで、ワクチン接種をしなくては身動きがきできなくなりそうな様子だ。仕事場は隣国のオランダだし。

今年、3月にはワクチン接種済み、テスト陰性、コロナ回復を証明するデジタル・グリーン証明書の所持をEU内の移動に適応する提案がEU委員会によって出され、現在審議中である。日本への一時帰国を含め大陸を超えることになれば、そのような証明書が要求される可能性はもっと高い。こうなると選択肢はないではないか。違和感、違和感。

ともあれ、このような自分事情、お国事情、ヨーロッパ事情よりも私が10倍も気を揉んでいるのはワクチンの世界事情である。

新型コロナワクチンは、強国のエゴやワクチンナショナリズムを浮き彫りにしただけではない。ファイザーやアストラゼネカなどの両手で数えれられるだけの国際的な製薬会社が、生産と分配を独占的にコントロールしている。ワクチン開発のために6つの製薬会社に投入された公的資金は米国だけでも120億ドル、アストラゼネカ・オックスフォードのワクチン開発に当たっては97%gは公的資金に行われたにも関わらず、企業だけが知的財産権で守られ膨大な利益を上げている。ファイザーの今年の売り上げは150億ドル、利益率は25-30%と言われている

知的財産権と独占状態のワクチン交渉で各国政府の立場は弱く、ワクチン購入にさらに巨額の公的資金を支払っている。そんな「交渉」ができるのも覇権国家か、お金にモノを言わせられる国家のみ。国際的なプレゼンスが下がり続ける日本は、政府がお金を出し渋っているのかどうか知らないが、先進国の中で後れを取っている。独占企業は希少性を人工的に作り出していて、価格や条件の交渉の実権をにぎっている。命の危機が続く中で、世界中のほとんどの国は蚊帳の外という信じがたい現実が展開している。

人やモノの移動がグルーバル化した現在、「みんなが接種するまでだでも安全ではない」という基本的、人道的なコンセプトは明らかなのに、明らかに無視されている。今日、一日35万人が感染し、3000人が亡くなっているインドの人口の接種率は2%、フィリピンは人口の0.3%である。ウイルスは簡単に国境を超えるのに。WHOの4月の発表によれば、世界のコロナワクチンの87%は高所得国に供給された。ここまで露骨な不平等が、目の前で進行している。

ひと握りの製薬会社の知的財産権を強固に20年に渡って保持する国際的なルールは、世界貿易機構(WTO)のTRIPS協定による。パンデミック下で、インド、南アフリカのリーダーシップのもの60カ国が新型コロナウイルス感染症ワクチン、治療法においては知的財産の保護義務をコロナ危機が終焉するまで一時的に免除することを共同提案した。現在WTO加盟164カ国のうち100カ国以上がこの提案を支持している。主要な国連機関に加え、国境なき医師団、医療・保健労働者の世界的な労働組合、オックスファム、アムネスティーなどの人道団体は一丸となって、一時的な知的財産権の免除(#TRIPSwaiver)を求める運動を世界的に展開している。日本では市民団体と専門家が組織する「新型コロナに対する公正な医療アクセスをすべての人に!」連絡会が尽力している。EUでも400人以上のEU議会議員が共同声明に署名をしたこれが実現すれば、世界中でワクチンの生産が可能になる。気運も圧力も道理も十分に高まっている。

この交渉は昨年からWTO下でずっと続いている。数々の交渉は難航を極め、明日(5月5日)のWTO一般理事会に持ち越されたが、この正念場でも決着を見ないと予測されている。

いったいだれが、新型コロナワクチンを皆が受けられるよう、生産拠点を増やし安価に供給することに反対しているのか。悲しく、信じがたいことに、EUと日本を含め、米国、オーストラリア、カナダ、韓国、スイス、シンガポール、イギリス、つまりほとんどすべての先進国 (+ブラジル)が強固に反対している。自国のワクチンの確保もままならないのに、製薬会社の知的的財産権に固執するのは、狂気のイデオロギー信仰としか思えないが、これが資本主義の究極の姿なのか。

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黄色はTRIPSwaiverを支持している国、ピンクは反対している国、水色は意見を決めていない国Ezje-z1X0AApl-D.jpg

私は日本出身でEU域内に住む一人として、この信じがたい現実に紋々としている。多重の矛盾に息が詰まりながら、招待状が来ればワクチン接種に向かう自分を想像し、葛藤している。

(追記)5月5日、米国がワクチン等の特許を一時免除する提案に「賛成」すると公式に表明、という驚くべきニュースが世界中を駆け巡った。歴史は動んだと、熱くなった。上の地図は、いち早く更新され米国が黄色になった。世界中で #PeoplesVaccine (人々のワクチン)運動に尽力した人たち、医療ケア従事者に敬意をこめて。最初の一歩だけど最初の一歩がなければ次の一歩はない。EU、日本などのこされた数少ない#TRIPSwaiver反対国の動向に注目したい。

 

Profile

著者プロフィール
岸本聡子

1974年生まれ、東京出身。2001年にオランダに移住、2003年よりアムステルダムの政策研究NGO トランスナショナル研究所(TNI)の研究員。現在ベルギー在住。環境と地域と人を守る公共政策のリサーチと社会運動の支援が仕事。長年のテーマは水道、公共サービス、人権、脱民営化。最近のテーマは経済の民主化、ミュニシパリズム、ジャストトランジッションなど。著書に『水道、再び公営化!欧州・水の闘いから日本が学ぶこと』(2020年集英社新書)。趣味はジョギング、料理、空手の稽古(沖縄剛柔流)。

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