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有名大学教授でありながら警察官になったリベラル女性が描く「警察の素顔」
ブルックスの体験談の素晴らしさは、エーレンライクのような読者にも「警察官も私たちと同じ人間なのだ」と気づかせてくれる人情味があることだ。どこにも、悪い人はいるし、良い人もいる。警察はマッチョな環境だし、7-D地区の住民を「アニマルズ」と呼ぶ差別者がいるのは事実だ。それらの警官は、人種差別者であり、「貧困」差別者でもある。このどちらもが混じっている。
自分の仕事は「人助け」だと信じて真面目に働いている警察官にとって、そういった差別的な警察官は迷惑な存在だ。彼らを肯定する気持ちがなくても、エーレンライクのような左派リベラルから「警察」をひとまとめにして悪者扱いされると、そちらへの憎しみのほうが強くなる。それは人間として当然の感情だろう。警察と市民との関係が悪化している原因として、この人間的な感情は無視できない。
ブルックスが指摘するもうひとつ重要な点は、over-policingと呼ばれて左派のリベラルからよく批判される「過剰な取締り」の実際だ。
ブルックスが配置された7-Dは、911コールで警察官が現場に呼び出されることが多い。警察官の数を減らすことができないのは、住民から呼ばれる件数が多いからだ。つまり「需要と供給」だ。黒人人口が多いために、容疑者だけでなく、911コールで警察官を呼ぶ被害者や目撃者もほとんどが黒人だ。貧困のために食べることに困って犯罪を犯すものが多い。911コールで警官を呼んだ店員も、かけつけた警官たちも、日常品と食べ物を万引した女性を逮捕するほどのことではないと思っている。だが、警官には逮捕するしないを決める権利はない。いったん呼びつけられたら、法に抵触するケースは逮捕するしかないのだ。
姉に頬をビンタされた妹が警察を呼び、法で定められた「ドメスティック・バイオレンス」の定義にあてはまってしまったために、ただのきょうだい喧嘩なのに看護師の姉を逮捕しなければならなかったケースもある。
予算カットは解決策にならない
警察に人種差別があり、人種差別する警官がいることはブルックスも認める。だが、それが「警察」全体ではないし、過剰な取締りと逮捕についても複雑な現実がある。警察官が過剰な取締りをしたくてしているのではなく、呼ばれる件数が多いから結果的に逮捕件数も多くなるというのも事実なのだ。
「警察への予算をカットしてそれをコミュニティー支援やソーシャルサービスに回す」という提案は、一見もっともだが、実際には解決策にならない。なぜなら、呼ばれた現場に行かなければ何が必要とされているのか不明だし、危険な状況の場合には訓練を受けていないソーシャルサービスの専門家が対応することはできない。
警官による黒人男性の殺人が多いケースでブルックスが指摘しているのは、トレーニングのときに「君たちは、生きて家に戻る権利がある」と自分の命を優先するよう教え込まれることの悪影響だ。ブルックスは統計から警察官が実際にはさほど危険な職業ではないことを指摘する。
それなのにトレーニングのときに「現場に行ったらいきなり殺される可能性がある」という危険性をあまりにも植え込まれているので、現場で遭遇した者や容疑者のちょっとした行動に過剰反応して銃で撃ってしまうような事件が起きるのだ。だから、「取り調べされる者には生きて家に戻る権利がある」と、市民の命を優先する重要性を教える必要がある。
ブルックスは、ジョージタウン大学の教授としての能力を発揮してコロンビア特別区首都警察と協働して警官のトレーニングを変えるプログラムを作った。
世界はとても複雑だ。シンプルな意見に偏ったほうがスッキリできるかもしれない。けれども、できれば以前のブログ【白人が作った「自由と平等の国」で黒人として生きるということ】でご紹介したタネヒシ・コーツの『Between the World and Me』や、【トランプ支持の強力なパワーの源は、白人を頂点とする米社会の「カースト制度」】でご紹介したイザベル・ウィルカーソンの『Caste: The Origins of Our Discontents』(カースト:アメリカの不満の源)などの本とあわせて、こうして現場の複雑さをそのまま伝える本も読んでほしい。
<お知らせ>
当サイトコラムニストの渡辺由佳里氏と冷泉彰彦氏が、太平洋標準時2月27日午前4時(日本時間同日午後9時)からClubhouseでトークイベントを開催します。詳しくはこちらをご覧ください→「アメリカの警察とレイシズムの複雑さを語る」。
【参考文献】
アメリカの警察を理解するためには、冷泉彰彦氏の『アメリカの警察』がオススメ。
アメリカの警察をわかりやすく説明している。これを読むと、アメリカの警察に関するフィクションとノンフィクションが読みやすくなると思う。
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