コラム

有名大学教授でありながら警察官になったリベラル女性が描く「警察の素顔」

2021年02月20日(土)13時20分

BLM運動が広がった昨年、警察への批判も高まった Andrew Kelly-REUTERS

<米警察で問題なのは人種差別だけではなく、現場のささいな状況や容疑者の言動に対して過剰反応するようになるトレーニングも問題>

2020年は、Black Lives Matter(ブラック・ライブズ・マター)運動への賛同が全米に広まるのと同時に、警察や警察官への批判が高まった。「defund the Police」というリベラル左派のスローガンは、警察への予算をカットしてそれをコミュニティー支援やソーシャルサービスに回すことを求めるものだった。

しかし、保守や中道のみならず、民主党を支持する投票者もこの発想に賛成する者はあまりいなかった。選挙中、民主党指名候補だったジョー・バイデンは「私は警察の予算カットには賛成しない」と自分の立場を表明したが、トランプ元大統領が「law and order(法と治安)」というスローガンで(黒人を殺害した警察官を含む)警察を全面的に支持したために「警察」はアメリカ人にとって政治的立場を試す「踏み絵」のような存在になってしまった。

筆者が住むボストン近郊のミドルセックス郡はリベラル色が強く、大統領選でバイデンに票を投じた者が71.83%、トランプのほうは26.41%だった。そのような地域なので、わが家からスーパーマーケットに行く途中には、BLMのヤードサインを前庭に掲げている家がかなりある。選挙中、そのなかで一軒だけ巨大な星条旗と「TRUMP2020」のサインを家の壁に貼り付けている家があり、すこぶる目立っていた。よく見ると、Blue Lives Matter(ブルー・ライブズ・マター〔警察官の命も大事〕)のヤードサインがあった。この家の人は、たぶん警察官なのだろうと思った。

隣人同士がヤードサインで睨み合っている風景は気持ちを重くする。というのは、このあたりは、つい最近まで保守の警察官とリベラルの住民が仲良く協働するコミュニティーだったからだ。私が以前、所属していた町の草の根団体のメンバーには、1971年に町でベトナム戦争反対デモを行ったジョン・ケリー(元国務長官で現在気候変動担当大統領特使)を当時警察署長だった父親が逮捕したことを誇りにしている警察署長と、社会活動家だった超リベラルの教育委員が混じっていた。

多様なメンバーのグループだったが、いつも和気あいあいで冗談を交わしながらミーティングをした。町に何かが起こったら一緒に解決し、マーティン・ルーサー・キング・ジュニア牧師の記念日には、一緒にイベントをして町の中心街を行進したものだ。

住民同士のたわいない揉め事が刑事事件にエスカレートしそうになったとき、この草の根団体のメンバーを招集して「逮捕ではなく、話し合いで解決」の指揮をしたのも、この警察署長だった。彼にとって、警察官が悪者のように扱われる今の時代はとても辛いことだろう。

警察問題の「複雑な現実」

アメリカの警察に問題があるのは事実だ。しかし、それは多くの人が想像するよりずっと複雑なものであり、解決策も簡単なものではない。

そう考えていたときに、『Tangled Up Blue: Policing the American City』が出版された。これは、私が待ち望んでいた「複雑な現実」を見せてくれる本だった。

作者のローザ・ブルックスは、ハーバード大学卒業、オックスフォード大学留学、イェール大学法学大学院で法学博士号取得という学歴を持ち、終身在職権があるジョージタウン大学法学部教授である。外交と軍事の専門家であり、国務省や国防総省でアドバイザーを務めたこともある。

これほど高学歴でキャリアもある女性が、子育て中の40代に首都ワシントンで警察官になったというのだ。暴露本を書くために潜入したのではない。ボランティアの立場でパートタイムの予備警察官になる手段があると知ってから、ずっと警察官になる可能性を考えていたらしい。

プロフィール

渡辺由佳里

Yukari Watanabe <Twitter Address https://twitter.com/YukariWatanabe
アメリカ・ボストン在住のエッセイスト、翻訳家。兵庫県生まれ。外資系企業勤務などを経て95年にアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。近著に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などがある。翻訳には、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社、日経ビジネス人文庫)、マリア・V スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)がある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、FDA長官に外科医マカリー氏指名 過剰

ワールド

トランプ氏、安保副補佐官に元北朝鮮担当ウォン氏を起

ワールド

トランプ氏、ウクライナ戦争終結へ特使検討、グレネル

ビジネス

米財務長官にベッセント氏、不透明感払拭で国債回復に
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 2
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 3
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたまま飛行機が離陸体勢に...窓から女性が撮影した映像にネット震撼
  • 4
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 5
    ロシア西部「弾薬庫」への攻撃で起きたのは、戦争が…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    「何も見えない」...大雨の日に飛行機を着陸させる「…
  • 8
    クルスク州のロシア軍司令部をウクライナがミサイル…
  • 9
    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…
  • 10
    「ダイエット成功」3つの戦略...「食事内容」ではな…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 3
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 4
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 5
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 8
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大き…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 7
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 10
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story