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「トランプは大統領にふさわしくない」著名ジャーナリストのウッドワードが新著『怒り』で初めて書いたこと
これまでのアメリカの大統領に対する米国民の評価は多様であり、平均支持率が高かった大統領であっても完璧とはいえない。特に、イラク戦争を引き起こし、クリントン政権が黒字にした財政収支を赤字にして貿易赤字と財政赤字の「双子の赤字」を作ったジョージ・W・ブッシュは、支持率が20%を切るほどの不人気になった。それでも、これまでの大統領には共通する優れた資質があった。それは、実行できたかどうかは別として、大統領にふさわしい Character and integrity と呼ばれる誠実さや品位、国を導くリーダーとしての能力を目指して働いていたことだ。
アメリカ国民が大統領に求め、大統領自身が目標とする資質は次のようなものだ。
・国民のお手本として言動に注意を払う
・自分が専門家である必要はないが、専門家の意見に耳を傾け、そのうえで最終的な結論を出す
・たとえそれが不人気であっても、国と国民のためになる決断を下す
・危機管理能力がある
・(個人的な偏見があっても)すべての国民を平等に扱うよう心がける
・アメリカ国民とアメリカの国防を優先する
・悲惨な事件や災害があったときには、被害者と家族を慰め、国民を安心させるように働きかける
・(たとえエゴがあっても)大統領は国民のために働く存在なのだとわきまえる
これまでのアメリカでは、「国民のお手本」としての大統領の演説を学校や家庭で子どもに聴かせるのが慣わしだった。そして、「勉学に勤しみ、品行方正で社会のために尽くし、努力を積めば、いつかあなたも大統領になれるかもしれない」と子どもたちを励ましたものだ。ところが、女性、障害者、移民、マイノリティーを公然とけなしてあざ笑い、ツイッターで個人攻撃を行うトランプが大統領になってからは、それが困難になってしまった。それは、ウッドワードの本を読まなくても誰にも明らかだ。
独裁者への憧れ
ウッドワードの『Rage』は、ジェームズ・マティス元国防長官、レックス・ティラーソン元国務長官、ダン・コーツ元国家情報長官などトランプ政権で働き、大統領が間違った選択をしないよう進言したために職や名誉を失った人々の証言を中心に、トランプに大統領としての資質が徹底的に欠けていることをつぶさに描いている。
トランプは専門家の意見に耳を傾けずに持論を通し、自分に反対する者を次々と首にし、アメリカ国民や国防よりも自分の利益と再選を優先し、自分が良く見えるために真実を捻じ曲げて国民を犠牲にする。トランプが大統領になってから悲惨な事件や災害が続いているが、国民を慰めて一つにまとめる代わりに、国民のある集団を批判して罪を着せる。新型コロナウイルスの危険性を早期に知っていながらそれを公で隠していたことをあっさり認めたうえで、「責任は取らない」と自分を擁護する。多くの者がトランプの言いなりになっているとみなしているリンゼー・グラム上院議員から、パンデミックを制御しないと再選できないと忠告されても対策を取ろうとしない。この点だけでも彼に危機管理能力がないことは明らかだ。
また警察による黒人への暴力に対する市民の抗議デモでも empathy(他人の感情を理解し、共感すること)がないことを暴露している。ウッドワードが、「(白人であるという)特権が、あなたや、ある意味私や、多くの特権階級の人々である白人の多くを洞窟に隔離させているという感覚はありませんか? その洞窟から出る努力をしてこの国の、特に黒人たちの怒りや苦痛を理解しなければならないとは思いませんか?」と尋ねると、トランプは「ないね」と即答し「君は本当にクールエイドを飲んでいるんだね(1978年にカルト集団の人民寺院のリーダーが集団自殺を行ったときに毒を粉末ジュースに混ぜて飲ませたことから、「同調圧力にそのまま従うこと」を意味する)。わあ、君はいったい何を言ってるんだ。私はそんなこと、まったく感じないね」と言った。そして、自分はエイブラハム・リンカーン大統領を除けば、これまで最も黒人に貢献した大統領だと自慢し、それなのに「正直言って、(黒人からの)愛をまったく感じていない」と文句を言うことも忘れない。
Empathyのなさも恐ろしいが、何よりも背筋が凍るのは、トランプの独裁者への率直な憧れだ。
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